2014年02月
2014年02月28日 00:00
2014年3月の岡田ユキの出演スケジュール
3月、1日(土)、2日(日)、5日(水)、6日(木)、7日(金)、8日(土)、9日(日)、11日(火)、12日(水)、13日(木)、14日(金)、15日(土)、16日(日)、21日(金)、22日(土)、23日(日)、24日(月)、25日(火)、26日(水)、31日(月)
出演時間: 1、20時30分~21時30分 2、22時00分~22時50分 3、23時30分~24時20分
詳しくはお店のホームページをご覧下さい
岡田ユキの音楽療法が体験出来ます。
http://www.aidakanko.com/ai1.html
はとバスの「今宵の貴方はシンデレラ」という観光ツアーで愛本店の体験が出来ます。
2014年02月11日 00:00
第26回いじめ・虐待防止フォーラム
2014年(平成26)1月8日(水)新宿区大久保地域センターで第26回いじめ虐待防止フォーラムが開催された。 今回は事務局長の垣内裕志から提案がなされた。
垣内「まず今回のフォーラムでは、二つの映像を御覧頂きたいと思います。 一つは、岡田ユキの関わるサークル・ダルメシアンを取り上げた報道番組と、テレビドラマによる虐待に関連したもの。 この二つの番組から“いじめ虐待”について皆様に考えて頂きたいと思います」
○フォーラム会場にて
Q(質問)「どうしてホストクラブ“愛本店”でカウンセリングするのですか?」
岡田 「実践の場所ということで“愛”を使用している。虐待問題の根本は異性という点にあり、女性であれば男性に褒めて貰いたかったり、男性から注 目して貰いたいという欲求の表れがある。“愛”では男性スタッフのホスト役が来店されたお客様(女性)を心底喜ばせるプロであって、彼らによって異空間で この体験をして欲しいと考えている。 私は最初に対面カウンセリングを行い、その後実践の場としてホストクラブ愛で異性に触れて貰い、自分というものを解 放しリラックスした状態で、虐待で閉ざされた自分自身の内面を解きほぐし、翌日からは本来の自分新たな自分で再出発してもらっている」
Q 「岡田ユキのカウンセリングは、他の人とどう違うのか?」
岡田 「私自身も苦しい体験をしてきた過去があるので、問題の答えをクライアントに出すという点にある。本来はカウンセラーや精神科医の立場にいる 方々は“答え”を出せない人である。あるいは、出してはいけないと言われている人。これまでに体験してきたさまざまな職業や生活的困難を克服し乗り越えて きたので、これらの体験をもとに解決策を自信をもって提示でき、かつ快復させてきた実績の裏付けとともにカウンセリングしている」
Q 「岡田さんはどうして苦しい人の気持ちがわかるのですか?」
岡田 「例えば、医者になるには多くの勉強をしなければならない。また勉強のできる環境がある。私の場合は家庭で虐待を受けてきていたため、家で勉 強ができる状況ではなかった。だからこそ、一日でも早く家を出て仕事をしなければならなかったからこそ、苦しんでいる人たちの心境が手に取るようにわか る」
Q 「英才教育や早期教育はやった方がいいですか?」
岡田 「私は賛成とか反対とかいう意見は思っていない。 要は結果的にその児童が大人になった時、自分自身というものをはっきりと認識し理解できた 時、果して自分はこれでよかったと思うのか、いや別の生き方の方がよかったと思うのか、この部分で判断が自分でできるのかだと考える」
Q 「自分の夢を子どもに託すのは悪いことですか?」
岡田 「これも、良いとか悪いとかの問題ではないと思う。その子自身であったり母親自身が、子どもが成長した時に親に対して『ありがとう』という言 葉を言ってもらえたなら正解ではないかと思う。また子どもが成長し、自分が子を育てる段階になった時、苦しむのならそこで軌道修正すればよいのだと思う。 親子といっても全く同じではなく人格も違うから、母親が達成出来なかった夢を子に託していって、例えば子が挫折した場合、親がよしとして新たな道を歩ませ るようにしてあげることのできる親であればよいのだと思う」
Q 「私は50%タイプだと思うのですが、ダメな人間ですか?」
岡田 「それも良いとか悪いとかの問題ではなく、自分を取り巻く環境・周囲の身近にいる人たちが、よしとしてくれたのならそれでも良いとは思います が、自分によって周囲の人を苦しめているのであれば何等かの形(方策)で、50%タイプの自分が変わっていく必要があると思う」
Q 「ドラマに出ていた子役の子は200%タイプなんですか?」
岡田 「あの子の場合は、50%か200%かの部類よりアダルトチルドレンだということ。母親(大人)をなめてみている。その反面自分が面倒をみて あげないと母親はやっていけないということが判っている。 どんな時でも母親がズルイことをしていたらアダルトチルドレンの子は、その親を反面教師として 正義感を出す。その一方、母親のズルさを真似しようとする子がいる(ドラマのように)。この境界線にいる子だと私は思う。
Q 「しつけと虐待の違いは何ですか?」
岡田 「要は、子どもが成長した時点で、厳しく育ててくれて『ありがとう』ということが言えるかどうか。虐待する親と言うのは、自分の感情ストレス を 子に向けて吐き出すようにする。その時のイライラした感情や都合により、子が良いことをしても悪い方へ子を仕向ける。他の人からは褒めてもらえるの に、自分の親だけが詰るように接することに何か疑問と違和感を抱いてしまう。 私はその時、母親に対して『どうしたら私はいい子になれるの?』と問いかけ 続けていたが、親から『お前が考えろ』と言われ、何も教えようとしなかった。虐待を受けて育った子は、常に自分が良い人間なのか悪い人間なのか自分には判 断できない立場のまま成長してきている。自分がどうしたら親に好かれるのか…、虐待されずにすむのか…、ぶたれずにすむのか…と常に頭の中をよぎる。躾を しているという親というのは、虐待をしている親と同じようなことをしていても、相手(子ども)が納得できるように最後まで責任をもって言葉を投げかけてく れている。答えを幼少期にしっかりと出してもらえれば子どもというのは厳しい躾であっても、虐待とは感じない。長年疑問を感じたまま成長して大人になった とき、何かがきっかけとなって親に虐待されていた自分に気が付く。と、私はそのように思う。
2013年11月11日TBSで放映された番組「Nスタ」報
道特集“直アタリ”~赤ちゃんがモノに見えた・告白 我
が子を虐待する母親たち~という番組と、フジTV制作の
連続ドラマ「リーガル・ハイ」脚本古沢良太・百瀬しのぶ
ノベライズ 扶桑社文庫刊より抜粋
“CHAPTER8 親権を奪え!天才子役と母の縁切り裁判”が流された。
以下この二つの番組を、放送された内容に忠実に従いシナリオ形式で記した。 なお呼称については放送されたものに準ずる。
TBS「Nスタ」報道特集番組 2013年11月11日放送より
直アタリ!「赤ちゃんがモノに見えた」
~告白 我が子を虐待する母親たち~
N(男性ナレーションの声)
「東京新宿にある市民活動団体サークル・ダルメシアン。ここに児童虐待と向き合っているカウンセラーがいます」
○画像
虐待専門カウンセラー岡田ユキの
【虐待根絶マニュアル】パンフの投影画像が映る。
○岡田ユキのアップ
N 「岡田ユキさん51歳」
○岡田の講演(フォーラム会場)
N 「1996年から児童虐待防止を訴える講演活動や、多くの母親たちの相談にのってきました」
○岡田インタビュー
岡田 「人を助けられることをしたら、どうすればいいのか。どんどんメールが来て『会いたいです』ということになり、会うことが本当に大切なんだと思った」
○岡田 舗道を歩く姿にインタビュー
Q(質問)「今日はカウンセリングということですか?」
岡田 「ハイ!先日メールを頂いて、子育てで悩むお母さんのカウンセリングです」
○和室・天上部からの撮影画面(岡田カウンセリング)
N 「この日カウンセリングにきたのは、1児の母30代のまり子さん(仮名)。まだ自分の感情をコントロールできず、子どもに対し四六時中罵声を浴びさせてしまうと言います」
○机を挟み 岡田とまり子さん
岡田 「躾で厳しくしてしまう!?」
まり子「そうですね。怒っている自分が嫌だった(自分を虐待した)母と同じで…。そうならないようにと思ってきたのに、結局は同じことをしていて、子どもの反応も自分の顔色をうかがっていて、自分が辛かった子どもの時と同じことを繰り返している。 そのことに自分がパニックになってしまう」
N 「まり子さんは物心ついた時には、母親に恐怖心を抱いていました。 何をやっても怒鳴られ意味が判らない。 常に母親の顔色をうかがいながら生きて来たと言います」
まり子「常に、お母さんの反応をうかがって、怒らないようにって。 緊張しているっていうか、そういう状態だったと思います」
N 「長い間、胸の中に閉じ込めていた思い。 カウンセリングの一環でまり子さんが書いたものには、母への憎しみが綴られていました」
○手紙の文字
声 「怖かった、辛かった、泣きたかった、楽しくなかった、心を開けなかった」
○公園・まり子さんのインタビュー
まり子「自分が親と同じ母親になるのは、凄い恐怖で自分の子どもにそういう辛い思いをさせることが、耐えられないと思っていたので、本当にその思いで子どもは作らずにいました」
N 「結婚して9年間、子どもを作らずにいたというまり子さん。しかし彼女は、夫の希望もあり出産しました。その後、我が子に対して怖れていた感情が生れたのです」
まり子「赤ちゃんがすごい不思議な存在に思えて、自分が産んだ子どもというより、何か小さなものがここに居るという感じで、自分の子どもっていう実感はなかった。ただただ不思議な存在で『あー、赤ちゃんがここに居るわ』という感じ。
○自宅(まり子さん宅)
・子どもと戯れている。
N 「半年、一年と子育てをしていくうちに、自分の子どもだと頭では理解していったというまり子さん…。しかしそれは愛情と呼べるものではなかったといいます。 ・・・そして」
まり子「だんだん自分が、お母さんと同じことをやっていると気付き始めた。ガーッ!て口で、自分の機嫌で怒っちゃうというか、イライラした気持ちをそのまま子どもにぶつけちゃうっていうか…」
Q 「言い方や口調は?」
まり子「いやァ、きついですね。決して小さな子どもに言う様な感じではなく、自分の腹が立っているのをそのままぶつける感じ」
N 「気が付けば、まだ言葉も話せない子どもに対し、罵声を浴びせていました。子どもが悲しそうな顔をすると、自分が責められている気持になり我を忘れてもっと激しく怒鳴り続けたといいます」
まり子「ごめんねって思うけど、すごい辛く当たってしまう。自分の嫌な部分を見てしまうから、ぶつけている自分がすごく嫌いだったけど出来ればぶつけたくない」
N 「このままでは、子どもに手を上げるようになってしまうというジレンマから、岡田さんにカウンセリングを依頼したのです」
○和室・岡田とのカウンセリング
まり子「自分が何を考えているのか、何をしたいのか自分が判らない。子育てのマニュアル本とやっていることが違う・・・」
N 「カウンセリングの最中、突然泣きだしてしまったまり子さん」
○岡田インタビュー
岡田 「私も含めてなんですけど、みんな同じパターンで苦しんでる」
N 「今では、悩む母親の相談にのる岡田さんですが、実は自身も辛い過去があるのです」
○画像テロップ
・“壮絶な過去”の文字に岡田の投影
○岡田の幼少期写真
N 「彼女は実の両親、二人の兄たちから長い間虐待を受けてきたといいます」
○岡田インタビュー
岡田 「母親が『昨日あんたの寝顔見て、お父ちゃんとタオルで首絞めて殺そうかと言っていた。だけど、お母ちゃんが殺したら殺人になるやろ!あんたが独りで死んだらうちの家庭はうまくいくと思うで』って」
Q 「ショックじゃなかったですか!?」
岡田 「ショックではない!(きっぱりと)。それで皆がうまくいくって言うんです。 アー!私がやっと家の中で貢献できると思った」
○画像 大量の錠剤薬と鋭利な刃物
N 「何度か自殺を図ったという岡田さん」
○写真 岡田と子どもと元夫の浴衣姿
N 「母親からの虐待は、家を離れ子どもを産んでからも続いていたといいます」
○写真 子どもを肩車する岡田の笑顔
N 「しかしある時、自分の子どもからの一言で救われました」
○写真 セピア色に変わる。
画像テロップの文字に子どもの声が入り
声 「おばあちゃんがおかしい。おかあさんはわるくない」
○岡田 フォーラム講演中の姿
N 「我が子のお陰で立ち直れたという岡田さん。だからこそ悩める母親たちの役に立てると思っているのです。そんな岡田さんには、もう一つの顔があります」
○岡田 ドレス姿の衣装で唄っている。
N 「カウンセラーをやりながら、歌手として生活しているのです」
○東京新宿歌舞伎町・クラブ愛本店内
まり子さんが店内階段を下りて行く後ろ姿。
まり子「すごい緊張しています」
N 「この日、岡田さんがショーを行う新宿のホストクラブに、まり子さんを誘いました」
○ホストクラブ店内 テーブル席
岡田がまり子さんのグラスに酒を注ぐ。
岡田 「今日は楽しんで貰って、家に帰ってからは家族に優しく接せられるように!」
N 「岡田さんは、自らの体験から追い詰められた母親には、閉鎖的な家庭環境から抜け出してもらい、息抜きをすることも大事だと言います」
○店内
ホストに囲まれて楽しむ岡田とまり子さん。
ホスト「・・・ちょっとした!?」
岡田 「今日は一日、いろんなことに気付いているから」
N 「突然涙が溢れ出したというまり子さん。毎日子どもと二人っきりの空間で声を荒らげる自分。息詰まった気持ちが解放されたのでしょうか」
岡田 「自分が解放できるようなことを、ちょっとずつこれから実践していく。たまには、こういう場所を作って楽しんでもらえたらいいなと思います(まり子さんへ投げかける岡田)」
N 「カウンセリングを受けて、徐々に母親の呪縛から解放され、母親への憎しみもだいぶ薄れてきたというまり子さん」
○店外 路上
Q 「(育児問題は)解決できそうですか?」
まり子「そうですね。母と同じになってしまうのではということが本当に恐怖だったので、母には出来なかったことが出来たので、子育ても母とは違う形でやっていけるのではと思います」
○新宿歌舞伎町
街の雑踏へ消えていくまり子さんの後姿。
N 「まり子さんは、子どもと夫が待つ自宅へ帰っていきました」
フジテレビ制作連続TVドラマ
「リーガル・ハイ」
CAST
古美門研介・・・堺雅人
黛真知子・・・・新垣結衣
三木長一郎・・・生瀬勝久
沢地君江・・・・小池栄子
加賀蘭丸・・・・田口淳之介
井手孝雄・・・・矢野聖人
服部・・・・・・里見浩太朗
CHAPTER8
《親権を奪え! 天才子役と母親の縁切り裁判》
疎開先から帰ってくると、あたりは一面焼け野原となっていた。少女は、その中にたたずむひとりの女性を見つけ、駆け出していった。
「…お母ちゃん!」少女は母親に抱きついた。
「よう帰ってきたなあ!」母親もぎゅっと抱き締める。
「戦争、終わったんやね?」
「そうや、終わったんや…もう離さへんよ」
「これからウチ、ぎょうさん働いて、お母ちゃんを幸せにしたる! ウチがお母ちゃんを幸せにするんや!」
健気な娘の言葉を聞いた少女を強く引き寄せた。 そんなふたりを夕日が包んで…。
「はいカット! OKでーす」ディレクターの声がかかると、
「お疲れさまでした!」少女はパッと母親役の女優から離れ、笑顔を見せた。
人気子役の安永メイだ。付き添いで来ている母親、留美子と、マネージャーの梶原を見ると、さっと仏頂面に変わった。
「ちょっとやりすぎだったんじゃない?」
留美子は、ズンズン歩いていくメイに声をかけた。
「今どきの視聴者は大げさだとシラけるわよ」
小言を言う母親を無視して、メイはスタッフたちに「お疲れさまでした~!」と満面に笑みを浮かべ、撮影現場をあとにした。
数日後。黛は戦時中を生きる少女が主人公のドラマを見て、涙を流していた。
「天才子役、安永メイさんですね」お茶を淹れに来た服部が画面を見て言う。
「メイちゃんにはいつも泣かされます。 永遠の理想の娘ですね」
思い切りティッシュで鼻をかむ黛を見て、古美門がバカにしたように笑っている。
「成功する子役なんて二通りだろう。大人の金儲けのために鞭打たれる哀れな操り人形か、大人の顔色を見て手玉に取るマセたクソガキ。彼女はどっちだろうね」
「どちらでもないと思います!」黛は憮然として言った。
「…服部さん、あの方は子どもの時からああなんでしょうか?」
「さあ、私は先生にも無垢なる少年時代がおありだったと思いますが」服部はハハハ、と笑って、昼食の給仕をしている。
「無垢なる少年時代…どうですかね」黛は顔をしかめた。
古美門は黛と服部の話を聞きながら、少年時代を思い出していた。―――あれは小学校四年生の時の十二月。放課後の教室で、女子生徒たちがクリスマスツリーの飾りつけをしていた。彼女たちがサンタクロースの話で盛り上がっているのを聞きつけた古美門少年は、話の水をさすように「サンタクロースなんているわけないだろ」と皮肉な笑みを浮かべてつぶやいた。
「サンタにプレゼントもらったもん!」佐藤真弓という女の子が必死に訴えてきた。
「四年生にもなって本気で信じてるとは驚きだ。あんなもんは玩具メーカーの策略に踊らされたバカな大人たちの自己満足イベントにすぎないんいだよ」
「じゃあ誰がプレゼントしてくれたのよ?」
「愚問だね。一度寝たふりをして薄目を開けてるといい。忍び足で枕元にプレゼントを置くお父さんの間抜けヅラが見られるだろう」
古美門少年が言うと、真弓はうわーっと泣きだしてしまった。
夕方、高級マンションのリビングでメイがマンガを読んでいると、ばっちり着飾った留美子が顔を出した。
「メイ、ママ、太陽テレビの皆さんと会食ね。明日は衣装合わせだから早く寝なさいよ」
そう言い残して出かけていく留美子を確認すると、メイは携帯を手に取った。
「ヒデくん、来ない?ユウキくんもいいよ。 大学の先輩?いいよ、連れてきなよ」
そう言って、キッチンの冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出した―――。
翌朝、メイが目を覚ましたのは病院だった。その間の記憶はなかったが、急性アルコール中毒で倒れ、救急車で運ばれたらしい。
「とりあえず当面の間休養とだけ言っておいたけど、記者会見は開かないと」廊下から梶原の声が聞こえてくる。
「駄目よ。急性アルコール中毒なんて言ったら、子役生命終わりよ! 体調不良で押し通しなさい!」留美子がヒステリックな声を上げた。
「私はメイの母親であり、所属事務所の社長よ。あなたは社員でしょう!」
ふたりが激しく口論している隙に、メイは病室から抜け出した。
『安永メイ、無期限休養』『暴かれた人気子役の荒れた私生活』などの見出しが躍る週刊誌を、黛は庭の隅でこっそり読んでいた。と、寝起き顔の古美門が伸びをしながらリビングに降りてきたので、慌てて雑誌を隠したが…。
「飲酒、喫煙、男遊びのフルコースか。マセたクソガキ説が正解だね。」
古美門はしっかり、メイのスキャンダルを知っていた。
「週刊誌なんて面白おかしく適当なことを書くものです」
黛が言い返したところに、服部が電話の子機を持ってやってきた。
「先生、お電話です。安永メイさまから」
「安永メイ?」
古美門と黛は顔を見合わせた。
指定されたホテルのスイートルームに入っていくと、メイはエステシャンに足をマッサージさせながら、ルームサービスを食い散らかしていた。
「モンペを穿いて芋の蔓(つる)ばかりかじっていたが、現実はだいぶ違うようだね」
古美門は最大級の嫌味を込めて言ったが、
「あなたが噂の最強弁護士、古美門さんね?」
メイもひるむことなく、不敵な笑みを浮かべた。
「世間は君が入院中だと思っているが、ここで何を?」
「なじみの支配人に頼んで、かくれんぼ」
「私を呼んだ理由は?」
「あなたを雇いたいの。お金ならあるわ」メイは試すような目で古美門を見る。
「だろうね」古美門も同じように、メイを見た。
「マスコミを名誉棄損で訴えるおつもりですか?」黛はふたりの間に割って入った。
「マスコミ? 記事は全部本当のことよ。おとなしいくらい」
その時、ドアが勢いよく開いた。人のよさそうな中年男が肩で息をしている。
「マネージャーの梶原。私が呼んだの。あの女にここにいること言ってないでしょうね?」
メイは梶原にとびきり横柄な態度だった。
「今も心配して探し回ってるよ…こんなことやめよう。これ以上マスコミの餌食(えじき)になってどうする?」
「弁護士を雇ったわ。あの女にも雇うように言っといて」
「まだ引き受けたわけではないよ。何をはじめるつもりだい?」古美門がメイを見据えた。
「あの女と縁を切らせて」
「あの女って?」黛が尋ねると、
「母親よ」メイはあっさりと言い放った。
「お母さんと縁を切るなんて、何をおっしゃってるんですか?」と、黛はメイに訴えた。
「親権を取り上げることができるって聞いたわ」
「それは、虐待などの行為が明らかな場合であって…」黛がオロオロしながら説明しようとすると、
「この私を見て。仕事と夜遊びに明け暮れて、肺は真っ黒、肝臓はボロボロ。十二歳よ」と、メイが何食わぬ顔で返してきた。
「母親の虐待そのものだというわけだね。面白い」古美門は楽しげだった。
「面白くありませんよ。メイさん。お母さんとよく話し合いましょう、親子なんだから」黛が至極まっとうに説明しようとすると、
「もうそういう段階じゃないのよ。ね、梶原?」メイはそう言って梶原を見た。
「事務所社長と母親業をひとりで頑張ってる、いいお母さんだよ。だいたい、子どものおまえに法的手段なんてとれるわけないんだ」留美子をかばう梶原を遮ったのは、古美門だった。
「それがとれるのです。奇しくも今年改正民法が施行され、現在では子ども自身が請求権者となって親権喪失や停止を申し立てることが可能なのです」
黛はこんな裁判なんてあり得ない、とばかりに「本件のような事案で適用されるか定かではありません」と、メイを説得し続けたが、
「だからこそ私たちが最初の裁判を勝ち取るのだよ」古美門はどうやらやる気満々だ。
「親子を引き裂く手伝いをするんですか?」
「古今東西のあらゆる子役の悲劇をすべて一身に抱え込んだようじゃないか。マセたクソガキでもあり、哀れな操り人形でもあったわけだ。メイくん、いささか難しい仕事になりそうなんだが…」古美門は意味ありげに指をこすり合わせる。
「二千万でどう? CM一本分」メイはあっさりと高額な弁護士料を提示した。
「家庭裁判所に対し、お母さんの親権停止の審判を求める申し立てを行おう」
古美門はにんまりと笑い、メイの依頼を引き受けた。
「冗談じゃないわよ。私があの子のためにどれだけ苦労してきたか、そうでしょ梶原? 私はあの子に仕事を強要したことなんてありませんし、学校だってあの子が行きたがらないんです!」
その夜。スーツで決めた留美子は、三木法律事務所で歯をギリギリ言わせていた。
「なぜ、このようなことを言い出したんでしょう?」沢地が尋ねると、
「ひとつは、お小遣いの件でしょうね」即座に梶原が答えた。
「あの子、カードを勝手に使ってブランド品を買いまくったんで、欲しい物は私に言って買うことにしたんです。それが気に入らないのよ」留美子が当然とばかりに言う。
「もうひとつは、あのことを怒ってるんでしょう」梶原がちらりと留美子を見た。
「三十すぎのスタイリストと付き合ってたんで、無理やり別れさせたんです。当然でしょ?」
「ようするに、遊ぶお金と好きな男性を自由にするため、親の監視下から逃れたいと。これはいわゆる…反抗期、ですよね?」沢地が言うと、
「そうですよ!単なる子どものわがままです! 裁判所が相手にするはずがありませんよね?」留美子も同意して激しくうなずいた。
「通常なら即座に却下されるでしょう。ただ本日発売の週刊誌に、このような特集が」
そう言って、三木がかたわらから週刊誌を取り出した。表紙には『酷使される子役の現実』とある。
「ネット上でもアクセスがランキングトップに」沢地が付け足すように言うと、
「向こうの弁護士がさっそく仕掛けたようです」三木が顔をしかめた。
「弁護士がこんなことを…?」留美子がまあ、おそろしい、という顔をした。
「信じられないでしょうが、金のためなら親子の絆も平気で踏みにじる弁護士がいるんです。家庭裁判所は、おそらく審問を開くでしょう」三木は言った。
「審問?」梶原が三木たちの顔を見回す。
「通常の裁判とは違い、非公開で当事者などから話を聞くんです」井手が答えた。
「ご安心ください。我々が責任を持って却下に追い込みます」自信満々の口調の三木に、
「よろしくお願いします!」と留美子が頭を下げた。
メイは古美門法律事務所のリビングで、蘭丸とトランプをしていた。 問題が解決するまでメイを事務所で預かることになったのだ。
「蘭丸、弱過ぎ、つまんない!」メイはトランプを放り出し、むくれている。
「先生、俺、子守りのために呼ばれたわけ?」蘭丸は不満そうだ。
「大先輩のお相手なら光栄だろうと思ってね。芸歴はベテランだよ」古美門が何食わぬ顔で言うと、
「蘭丸君て、役者志望なんですってね」黛が意味深に声をかけた。
「志望じゃなくて、役者。来月も劇団の舞台に立つしね」
蘭丸は憮然として答えた。
「なんの役?」メイが興味をしめした。
「シャイロック」
「『ベニスの商人』ね。やってみて。見てあげるわ」メイが上から目線で言う。
「こんな機会めったにないぞ」と、古美門もけしかける。
『奴は俺をバカにした。ことごとく俺の邪魔をして…』
蘭丸が演技をはじめた。強欲な金貸しのシャイロックを、いかにも悪役っぽい顔を作って演じてみせた途端に、メイに遮られた。
「はいはいはい。陥りがちな失敗ね。シャイロックは悪役だけど、血の通った人間でもあるのよ。そこがシェイクスピアの深いところよ」
「はい、服部さん!」いきなり、古美門が振ると、
『…奴は俺をバカにした』服部が悲しみの情感を込めた演技を見せた。
「うまい!」メイが感心して手を叩いた。
三木と沢地はオフィスでワインを傾けていた。
「やはりこんな理由で親権停止や喪失が認められた例なんてひとつもありませんよ。あまりにバカげてます」ひとり資料を読んでいた井手が顔を上げて言う。
「そのバカげた訴訟で歴史的大敗をなさったこと、お忘れですか、井手先生?」
沢地の先日の、東京ゲッツ対無茶なオバちゃんの裁判の話題を蒸し返した。負けるわけがないと豪語していた井手の、屈辱の敗退記録だ。
「古美門先生は、不可能を可能にする方ですよ。ねえ、三木先生?」
「…引きずり出してみるか。最終兵器を」
三木は何かを企むような顔で言った。
鹿児島県内のとある街―――。 古風な一軒家の庭先で、エイ! エイ! という気合いのこもった声が響いていた。 矍鑠(かくしゃく)とした老人が、木刀で素振りをしている。と、家の中で電話が鳴り響いた。
家庭裁判所の家事審判廷で、最初の審問が開かれることになった。
「また三木先生たちが相手なんて、もつれそうですね」席に着いて準備をしながら、黛が言った。
「手強いの?」メイが黛を見上げる。
「全然。私に手強い相手はいない」古美門がしれっと言ったとき、三木と井手、そして留美子が入ってきた。メイは露骨に留美子から目を逸らした。
「もはやみなさんは私のことが好きなんじゃないかと思えてきましたよ」
余裕の口調で嫌味を言っていた古美門の目が、突然、点になった。三木たちに続いて年配の男性が入ってきた。
「ああ、こちら、本案件を手伝っていただく古美門清蔵先生」
三木が黛に言った。
「古美門…? 初めまして、黛です」黛はその老人に挨拶をした。
「古美門清蔵です」老人は落ち着き払った声で言った。
「古美門研介です」古美門も平静を装って返した。
「そう言えばおふたり、同じ名字でいらっしゃいますね」井手が言う。
「古美門清蔵先生は、長年九州地方を中心に検察官として辣腕(らつわん)を振ってこられた方だそうです」
「九州の法曹界では知らない者がいないほどの鬼検事でいらした。今回、無理を言ってご協力ねがったんだ。親権問題は慎重を期さねばならないからね」三木は誇らしげだったが、清蔵も古美門も無言のままだった。そこに裁判官が入室してきて言った。
「では、申立人安永メイによる、安永留美子の親権停止審判申し立てについて審問をはじめます」
清蔵の顔を見た途端、古美門の脳裏に小学校四年生の時の記憶が蘇ってきた。
―――古美門少年は清蔵の書斎に呼び出され、直立不動で立っていた。
「佐藤真弓ちゃんのお母さんが抗議に見えました。君はサンタクロースはいないと言ったそうですね」清蔵は机で仕事をしながら、古美門のほうを見ずに言う。
「なぜ、そんなことを言ったのですか?」
「本当のことだからです。嘘を信じているほうがバカだからです」
「サンタクロースは存在しないという根拠は?」
「だって嘘だから。いないものはいない。見たことないし」古美門少年は答えた。
「根拠を示しなさいと言っています。自分が見たことのないものは存在しないということですか?」
清蔵は振り向きもせずに、十歳の息子を問い詰めて言った。
「僕だけじゃなくて、世界中誰も見たことないんです」
「世界中の人間にインタビューしたんですか?」
清蔵の執拗(しつよう)な問いかけに、古美門少年は返事ができないままだった。いつもそうだ。
「地球外生命体を見た者はいないが、この広い宇宙のどこかに存在するだろうと考えられています。 見たことがないから存在しないという論旨はなりたちません。その上で、サンタクロースが存在しないという根拠は?」
根拠は、と言われても…清蔵だけは論破できない。
「君は根拠もないのに、勝手な見解でクラスメートを傷つけたわけですね」清蔵は引き出しから財布を出し、古美門に千円札を渡した。
「文久堂のカステラを買い、今すぐ謝罪に行きなさい。ちなみにそのお金は君のお年玉に用意していたものなのでそのつもりで」
清蔵は冷徹な口調で言い、またすぐに仕事に戻った。
家事審判廷では、審問が続いていた。古美門は過去の記憶を頭から払い、提出した主張書面の説明をしていた。
「メイさんは、実に生後七カ月から芸能界で馬車馬のごとく働かされてきました」
オムツのCMがメイのデビュー作だった。
「母、留美子さんには、ご自身も女優として活躍したが挫折した過去があります。その無念を我が子に託したのです」
それ以降、メイは子役タレントとして人気を保ってきた。黛がメイと留美子の関係を説明した。
「ご主人との離婚により、一層メイさんを芸能界で成功させることに傾倒していきました。一卵性親子と称されることも。四年前、主題歌も歌ったドラマ『パパの恋人』が大ヒット。メイさんが大ブレイクすると、梶原マネージャーを引き抜き、自身が社長の個人事務所を設立」
古美門があとを引き継いだ。
「メイさんはほとんど学校へ行けなくなりました。 産業革命時代、炭鉱で働かされた子どもたちを想起するのは私だけでしょうか。 翻って留美子さんは素行がどんどん派手になっていきました。 メイさんの稼いだお金でブランド品を買い漁り、毎晩のように遊び歩く。 時には多感な年頃のいるメイさんの自宅で、様々な男性と様々なことを楽しみました」
嫌で嫌でたまらなかった、とメイは言っていた。
「メイさんには友達がいません。 父親もすでに再婚し家庭がある。頼れる相手はいないのです。孤独の中で苦しみ、とうとう急性アルコール中毒で命を落とすところだったのです。 まさに悲劇です! 民法第八三四条の二第一項に基づき、母親である安永留美子の親権停止の審判を申し立てるものです」
古美門の言葉を聞き、怒り心頭に発した留美子が思わず立ち上がろうとしたが、三木がそれを制して口を開いた。
「私には、娘とともに必死で人生を切り開いてきた美談に思えますが」
「娘を吉原に売った金で遊び呆けるのが美談ですか」古美門が得意の皮肉な口調で言う。
「留美子さんは、芸能活動を強要したことはなく、すべてメイさんの意思だったそうです」三木が反論し、
「九九もあやふやなようでは親の義務違反です」古美門が即座に反した。
「家庭教師を雇って勉強させていました!」留美子が叫ぶと、
「イケメンの慶応大生といちゃつきたかっただけじゃない」メイが冷ややかに言った。
「…なんですって?」
「あなたは金と男のために私を利用してきたのよ、ビッチ!」
そうメイが言い放つと、留美子の中で何かが切れた。
「ビッチはどっちよ。共演する男の子と手当たり次第!私がどれだけイメージ守るために火消しをしてきたと思ってるの?」
「私が稼げなくなると自分が困るからでしょう?」
「あなた、単にあのスタイリストとのことを恨んでるだけじゃないっ!」
「自分も狙ってたからね!」
ふたりは場外乱闘状態だ。
「まあまあ、落ち着きましょう!」黛が慌てて間に入った。
「裁判官、このような親子関係で健全な発達が望めると思いますか? 前例のないケースではありますが、裁判官には子どもの福祉の観点から思い切ったご判断をしていただきたいのです」古美門が裁判官に訴えると、
「古美門先生のご意見を伺ってはいかがでしょうか? あ、古美門清蔵先生」
井手が清蔵を促した。 ずっと沈黙していた清蔵に一同の視線が集まった。
「…親権を停止させて、どうしたいのか」清蔵は重みのある声で言った。
「メイさんは更生したいのです。芸能活動を休止し、勉学に励み、通常の人間関係と社会を学びたいのです」古美門が答える。
「留美子さん、それは受け入れられないんですか?」清蔵は留美子に尋ねた。
「いえ、メイが望むなら受け入れます。私はこれまでも仕事が嫌なら辞めていいと言ってきたんです」
「これで済んだ」清蔵はこれ以上議論する余地はないと言わんばかりに言い、目を閉じた。
古美門は、すぐさま反論した。
「メイさんにとって、『辞めてもいい』という母親の言葉は、『辞めたら許さない』という脅迫にほかなりません」
「なぜそうなる?理解に苦しむね」三木が言う。
「メイさんは、物心つく前から留美子さんの求める幸せこそ自分の幸せなのだと教育されてきたんです。一種の洗脳教育です。メイさんは今、その洗脳から懸命に逃れようとしているのです。留美子さんのもとではそれはかないません」
古美門の言葉に、「洗脳…?」と、清蔵がピクリと反応した。
「洗脳の定義とは?」
「一般常識と異なる価値観や思想を植え付けることです」
即座に返す古美門を無視して、清蔵が黛に話しかけた。
「…黛先生でしたね?」
「あ、はい」いきなり使命され、黛は緊張気味に背筋を伸ばした。
「ご家族だけの習慣はおありかな? 黛家だけのルール」
黛は、ふっと思い出し笑いを浮かべ、「うち、誕生日には、おめでとうって言って、ほっぺにチュッとやるルールだったんです。だからみんなそうなんだと思って、誕生日のクラスの男の子にキスしようとして、すごい引かれたんですー!」と、手を叩く勢いでひとり、爆笑した。が、周りはみな、しんとしていて、黛は慌てて黙り込んだ。
「なんですか、このぬるいあるある話は」古美門は清蔵に尋ねた。
「黛先生も洗脳教育を受けている」
「そんなものは洗脳とは言いません」
「しかしあなたが言われた定義に合致するもので」清蔵の言葉に、古美門は黙り込んだ。
「あなたは言葉をよく知らずに使ってらっしゃるようだ。
洗脳とは、暴力などの外圧を用いて特殊な思想を植え付けることであって、子どもの教育に対して行われる場合はマインドコントロールという言葉を使います。 もう少し勉強されては? 親が自分の信じる幸せを子に求めるのは自然なこと。メイさんは、極めて正常な発達をされていると思われます。喜ばしい。以上」
清蔵はかすかに笑みを漏らし、話を終えた。
「信じられないわ、何が最強弁護士よ」
事務所に戻ると、メイはさっさと二階へ駆け上がってしまった。
「芳しくなかったようですね」服部が古美門と黛の顔を見た。
「古美門先生のあんな姿を見たのは初めてです。 いつもは一言われたら十言い返すのに、防戦一方というか、ぐうの音も出ないというか、サンドバッグ状態というか、蛇に睨まれたカエル…」
「たとえが多すぎないか?」古美門は黛の言葉を遮った。
「古美門先生とは、どういうご関係ですか?」黛が尋ねると、
「…関係などない。続柄としては、私の父だがね」何食わぬ顔で古美門が答えた。
「父と思ったことはない」
「私は正直言って、お父さまのご意見に心打たれました。私思うんです、親子の問題を解決するのは、法ではなく、親と子の絆のはずだと」熱く語る黛に、
「親と子の絆ね…」古美門は、はあ、と小さくため息をついた。
三木は清蔵を連れ、オフィスに戻った。
「私はもういいでしょう、あとは君たちに任せて帰ります。相手も案件も、くだらなすぎます」
そう言って、清蔵はこの案件から降りようとしたが、「最後までやっていただきます」と、三木は清蔵を引きとめた。
「九一年、商社脱税事件。駆け出しの検事だった私は、あなたに魅了されました。 以来、目標でした。彼を私が採用したのも、あなたのご子息ならば、育ててみたいと思ったからです。しかしその結果、どんな悲劇を招いたかは…あなたには言いますまい」三木は首を振り、話し続けた。
「古美門研介という法律家は、あなたが産み、私が完成させた化け物です。 私たちは、共犯なのです。ご子息を葬りましょう」
「・・・」清蔵は、何も言わなかった。
―――千円をもらってカステラを買った。だけど…。古美門少年は家に帰る途中の原っぱでバリバリと包みを開け、カステラを口に放り込んだ。と、背後に人の気配を感じた。
「なぜ、君がそれを食べているのか、説明しなさい」背筋も凍るような、清蔵の声がした。古美門少年が何も言えなかったのは、口の中がカステラでいっぱいだったからではない。
「何でもいい、私を説得してみせなさい」
清蔵に言われ、古美門少年はカステラを懸命に咀嚼(そしゃく)し、立ち上って口を開いた。
「真弓ちゃんはカステラが苦手なので持って帰りなさいと言われたからです」
「真弓ちゃんは、カステラが大好物だという情報を得たから、私は君にカステラを持っていくように言ったのです。それくらい予想できませんでしたか? 頭の悪い子は嫌いです。中途半端な人生を送るくらいなら、家名に傷をつけないよう、どこか遠くへ消えなさい」
清蔵はそれだけ言うと、古美門少年を放ったままで立ち去った。
「…いないのに…サンタクロースは…いないのに…」
古美門少年はぎゅっと拳を握り締めて泣いた。 家を出よう。父を見返そう。古美門はこの時、強く決心したのだった。
朝、古美門たちが食事をはじめても、メイは降りてこなかった。
「メイさまはまだ起きてこられないのでしょうか」服部が心配そうに二階を見上げた。
「完全に昼夜逆転です。勉強も見てあげたんですが、だいぶ遅れてますね」黛が言ったとき、チャイムが鳴った。
「気にすることはない。九九はあやふやでも、出演料と源泉徴収の計算はできる」古美門が紅茶を飲みながら言った。
「それが不健全だと思うんです」黛が言い返すと、玄関に出ていった服部が戻ってきた。服部の背後からやってきたのは…清蔵だった。清蔵は部屋の中を見回している。
「なんのご用ですか、古美門先生?」古美門がよそよそしい口調で尋ねた。
「スカイツリー見物のついでに」清蔵は言った。ふたりの緊張感あふれるやりとりに、黛も思わず硬直した。
「古美門先生、申し立てを取り下げなさい」だしぬけに清蔵に言われたが、
「お断りします。服部さん、お帰りです」古美門はにべもなく断った。
「君は、メイさんに自分を重ねているようだ」
「十代であなたと縁を絶ち、自分で人生を切り開いてきたからこそ、今の私があります」
古美門は表情を変えず、言い返した。
「今の君とは? まさか、今の自分が成功者だと思ってるわけじゃあるまいね。ドブネズミが高級スーツを着ているようにしか見えない。弁護士などなるべきではなかった。君は昔から卑怯で卑屈で、そしてなにより頭が悪すぎた」
古美門は何も言い返さなかった。
「無論、君を徹底的にしつけ、教え込むことを放棄した私の責任です。君はもはや手遅れだが、あの親子は間に合う。よく考えなさい」
父親である清蔵の冷たい物言いに、古美門がようやく口を開いた。
「…スカイツリーは大きいですよ、昭和の電波塔よりはるかにね。時代は変わったんです」
「見てみるとしましょう」清蔵は言い、「見送りは結構」と服部を制して出ていった。
「…先生とお父さまも問題の根が深いようですね」黛がしみじみと言った。
「サンタクロースをいくつまで信じていた?」唐突に古美門が黛に尋ねた。
「夜中に不法侵入してきて、荷物を置いていくという老人のことだよ」
「私は…今も信じてます」
「なんだって?」古美門の声が裏返った。
「今もサンタクロースはいると思っています」
「君の愚かさはいつも予想の上をいくね。もういい。朝ドラの家庭はくだらないな。服部さんはどうですか?」
「私の少年時代に、サンタクロースというシステムはございませんでした」
「それは失礼」
「…私はサンタなんて一度も信じたことはないわ」
いつに間にかメイが後ろに立っていた。揺るぎないメイの顔をみつめて、古美門は決意を込めて「必ず勝とう!」と、メイに言った。
後日、古美門たちは梶原を喫茶店に呼び出した。梶原はマスコミの対応に追われっぱなしで、日々たいへんな思いをしているらしい。
「梶原さん、次回の審問に出席してもれえませんか? ずっとメイちゃんと留美子さんを間近で見てきた梶原さんに、率直な意見を言っていただきたいんです」
黛が依頼すると、「そう言われても…私には…」梶原はおどおどとハンカチで汗を拭いているばかりだった。
「留美子さんとメイさんの関係は元には戻りません。どちらと手を組むべきかよく考えましょう。金を生み出す天才子役と、それを管理しているだけの母親」古美門が切り出した。
「そういう言い方は…」黛が止めかけたが、
「メイがずっとかわいそうでした…この子は幸せなのかなっていつも…留美子さんは、たしかにひどい」梶原が黛を遮って言った。
「そう述べていただけますか?」
古美門が尋ねると、梶原はうなずいて帰っていった。
梶原は芸能事務所ビルの地下駐車場で、留美子を待っていた。やがて、今日も派手に着飾った留美子が降りてきた。
「やはり接触してきました、向こうの弁護士。留美子さんに言われた通り、言っておきましたよ」
「ありがとう…やっぱり最後に頼れるのはあなたね。今回のことを機に、私自身も少し落ち着こうかと思ってるの。いつまでも若い男の子と遊んでる年じゃないしね。梶原、あなたさえよければ…考えといて」
「留美子さん…」梶原は嬉嬉として車を出した。
三木は、高層ビルにあるオフィスから夜景を見下ろしていた。
「梶原マネージャーの件、うまくいったそうです」
沢地がワイングラスを手に報告に来る。
「却下で決まりだな。国民的人気子役をかどわかし、二人三脚で歩んできた母親との断絶を図ろうとした悪徳弁護士…」
「全国民を敵に回すことでしょう」
「奴にふさわしい」三木と沢地はワイングラスをカチンと合わせた。
第二回審問の日。家事審判廷に梶原もやってきた。
「メイさんの担当マネージャーになってどれくらいですか?」裁判官の問いかけに、
「かれこれ七年です」
「率直なご意見を聞かせてください」
「親権の停止など、あり得ないと思います」梶原はきっぱりと言った。
「…梶原さん?」黛は耳を疑った。
「留美子さんは、深く子どもを愛する母親です。強いて悪かった点があるとすれば、メイをわがままに育てすぎたことでしょう。今後、しっかりとしつけるべきです」
まるで台本を読むような梶原の証言に留美子は口角を上げ、にやりとした。
その直後、古美門がノートパソコンを開き、映像を再生させた。
「梶原さん、これが真面目な母親の姿ですか?」
映像には、「今日は前祝いよー」とホストクラブではしゃぐ留美子が映しだされた。
―――「何かいいことあったんだ?」ホストが尋ねると、「私の美貌で男をひとり落としてきたのよ」と、留美子が上機嫌で答えている。
「加齢臭のひどいおっさん。裁判に勝つために芝居打っただけなのに、コロッとその気になっちゃって!」
「俺も応援してるよ。勝ってくれないとここにも遊びに来れなくなっちゃうもんねー」
「蘭丸ちゃんに会えなくなったら困る~!」―――。
ホストに扮した蘭丸が隠しカメラに向かってVサインをしたところで、映像は終わった。梶原は顔を強張らせ、立ち上った。そのまま出ていこうとする梶原に、
「梶原さん、発言に訂正はありませんか?」古美門が意見を求めた。
「あ、あります…ひどい女です!」梶原は震える声で言い捨てて、出ていった。
「か、梶原…」留美子は顔色を失くしている。
「もう一度だけ開きましょう。ご本人たちの主張を聞いて、最終的に判断します」裁判長が言い、審判は持ち越されることとなった。
「どうしたらいいんですか…メイをうしなったら、私はどうしたらいいんですか?」
三木法律事務所に戻った留美子は、すっかり取り乱していた。
「そんなことにはなりません。裁判所が親子を引き裂く決断を簡単にするはずがありません」落ち着かせようと、三木がなだめたが、
「気休めはやめましょう、形勢は逆転されたと見るべきです」清蔵が平然と言い放った。「姑息な手を使うから墓穴を掘るんです」
「あなたはご子息をわかってない。正攻法でやり合ってどうにかなる相手じゃないんだ」三木がそう言うと、清蔵は黙り込んだ。
「このまま留美子さんが母親失格と見られてしまうかどうかは、最終的には裁判官の心証です」冷静に沢地が言った。
「留美子さんとメイさん、どちらの主張が胸を打つか…」井手がじっと考え込む。
「相手は、天才子役」沢地は留美子をじっと見た。
「留美子さん、こちらで台本を用意します。徹底的に叩きこんで裁判官の心を揺さぶっていただきたい」
三木の言葉に留美子は不安げだった。
「…母に逆らうことなんてできませんでした。なぜなら、母は娘の私を愛していないからです。母が愛しているのは、お金を稼ぐ人気子役、安永メイなんです…!」
メイはわっと泣き出した。黛の目にも涙があふれ…。
次の瞬間、「泣くの早かったかな」メイは涙を拭きながら、ケロッとして言った。
古美門法律事務所のリビングで、メイは台本を手に次回審問会の練習をしていた。
「これぞ天才子役だよ、蘭丸くん」
古美門は皮肉っぽく言ったが、蘭丸は率直に感心し、拍手をしていた。
その夜、留美子のマンションの部屋で、ひとり台本を手に練習をしていた。
「常に娘の幸せを第一に考えてきました。必ず親子関係は…親子関係を修復できます。どうか私たち親子の絆を…」
留美子はつっかえつっかえ、セリフを憶えようとしていたが、うまくできない自分に、そして今の状況に涙が出てきた。
留美子は、突発的に携帯を取り出し、メールを打ちはじめた。
「留美子さん!」
梶原がマンションに駆け込んでいくと、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。急いでバスルームのドアを開けると…ナイフを手にした留美子が倒れていた。手首から血が流れ、排水溝に吸い込まれていった。
翌朝、尋ねてきた三木たちに、傷は浅く心配はないと、梶原が告げた。
「メイは? なんでメイは来ないのよ?」ソファに横たわっていた留美子が不満げに言う。
「知らせましたが…知ったことじゃないと」梶原はメイの反応を正直に伝えた。
「審問には出られそうですか?」沢地がクールに尋ね、三木は床に落ちている台本を拾って、留美子に差しだした。
「酷なようですが、ここが踏ん張りどころです」
すると、横からさっと手が伸びてきて台本を奪った。清蔵がいきなり台本を破ってゴミ箱に捨てた。そして、説得力のある声で留美子に言った。
「思いのままを言えばいい」
朝食を頬張っているメイをちらりと見て、黛が口を開いた。
「やっぱり行ったほうがいいんじゃない? お母さんが自殺未遂をしたのよ」
「そんな大げさなものじゃないって!」メイが苛ついた声を上げた。
「でも親子なんだから…」
「うるさいっ!」メイはテーブルから食器をなぎ払った。
「私は行かないッ! 絶対に行かないッ!」
泣きだしそうな表情を浮かべて、二階へ駆け上がっていってしまった。黛たちは、呆然とその姿を見送った。
「十二歳の子が母親と断絶しようとしている。内心どれほどの苦悩を抱え、血を吐く思いをしているか。君にわかるか?」古美門が黛に言った。その口調は、いつも挑発的なものでも、人を小バカにした調子でもなかった。
「二度と薄っぺらい言葉を吐くな」
「しかしメイさんは、留美子さんの状態がさもわかっているようなおっしゃり方でしたね。まるでもう見たかのように」
服部が口をはさんだ。その言葉の意味を、黛はじっと考えた。
古美門たちは、相手陣営よりも先に家事審判廷に到着した。
「今日でお父さまとも決着ですね」黛は隣の古美門に声をかけた。だが何も答えは返ってこない。メイは、ぶつぶつセリフを反芻している。
「黛さん、お水ある? 水分取っとくと涙出やすいから」
「ああ、はい…」黛はペットボトルを差しだした。受け取ったメイがキャップを開けようとしたが、古美門がさっと奪い取った。
「台本は忘れろ。演技はなしだ」
自分が憶えろって…」メイは驚いている。
「いくらうまくても演技は演技だ。本心を剥き出してぶつかってこられたら勝てない」
「…お父さまなら、そうする?」黛は思わず口走った。
「君は、思いのままを言いなさい」黛の言葉には答えず、古美門は真剣な目でメイを見た。
いよいよ最終審問となった。
「家庭裁判所調査官の報告も検討したうえで、当事者の主張を聞いて結論を出したいと思います。申立人、安永メイさんから」
裁判官が口火を切ると、メイは緊張の面持ちで顔を上げた。
「いいのよ、今の率直な気持ちを言えば」黛はそう言って励ました。
「子役安永メイを演じてきた君は、自分の言葉を持たないのかな?」古美門は、いつもの挑発的な口調に戻っている。
「そんなんじゃないけど…」
「私が代弁しよう。お母さんにこのような仕打ちをしたことを、ずっと後悔しているよね?」メイのそばに来て、古美門が言った。
「常に思い悩み、心が折れそうになるのをこらえている」
「だったら、取り下げればいい」三木が言った。
「心を鬼にして申し立てているのです。愛する母のために」古美門が受けて立った。
「詭弁(きべん)もいい加減にしたまえ。留美子さんは手首を切られた。メイさん、知っていますね?」
三木に問いかけられたメイは、じっと黙っている。
「あなたの仕打ちが彼女を追い込んだんです。しかし、あなたは見舞いに来ようともしない。それが母を愛する娘の行動ですか?」
「会いに行けば、また元の木阿弥(もくあみ)だからです」古美門が強い口調で言い返した。
「留美子さんは過去に少なくとも二度、同じ行動をしています。そうだね、メイくん」
メイがこくりとうなずく。
「一度目は二年前。人気絶頂だったメイさんは、それゆえアンチファンが増え、一時期ひどいバッシングを受けました。メイさんは引退すら考え、その心労で留美子さんは自傷行為をしました。二度目は昨年、新たな人気子役が台頭し、世代交代が叫ばれ、メイさんの仕事が激減した時期。同じく自傷行為をしました。違ったら訂正して下さい、留美子さん」
「・・・」留美子は黙ったままうつむいた。
「メイさんは、その都度激しく動揺し、母のために必死に仕事に取り組み、危機を乗り越えてきたんです。今回もそうなると思いましたか、留美子さん?」古美門は問いかけた。
「そんな計算で自傷行為をしたと言いたいんですか?」口を開いたのは清蔵だった。
「いいえ、問題はもっと深刻です」古美門は首を振り、真剣な表情を浮かべた。
黛が立ち上り、あとを引き継いだ。
「留美子さんにとって、メイさんの成功は、ご自身の成功。メイさんの苦しみは、ご自身の苦しみ…一心同体という比喩表現を超えた危険な領域です…留美子さんは病んでいます。そして中毒症状で倒れるまで飲むのも一種の自傷行為…メイさんもまた、病んでいるんです」
真剣に訴える黛に向かって、清蔵が言った。
「親子手を取ってともに更生する道を探すべきです」
「不可能です。お互いの依存関係を絶たなければ、治療も更生も図れません」
古美門は強い口調で返した。その古美門に対して、清蔵が「親子の絆は、深く強い」と言った。
「絆が強いからこそ、困難なのです」古美門は揺るがぬ様子で答えた。
「成功が欲望を呼び、欲望が破滅を呼ぶ。自分の存在が母を不幸にするとメイさんは知っています」
「メイさんは、会いに行きたい気持ちを必死に押し殺して留美子さんを無視しました。 留美子さんを救いたいからです…大好きなお母さんを」
黛の言葉に、ついにメイの目から涙があふれ落ちた。
「…お母さんには、私のことを忘れて、自分の人生を歩んでほしいです…でも…いつかまた…一緒に暮らしたい…私のお母さんは宇宙にひとりだけだから…」
メイはしゃくりあげながらも、自分の思いをさらけだした。
「以上です」古美門は着席した。
「…では、留美子さんのお話を聞かせていただけますか?」
裁判官に問われたが、留美子はうつむき、黙ったままだった。
「留美子さん…」三木がうながしたが、
「…ありません」留美子は放心したように、首を振った。
「今回で審問を終わりとします」
裁判官の言葉に、誰ひとり笑顔はなかった。
家庭裁判所のエントランスで、留美子ががっくりとうなだれていた。三木たちがその周りを取り囲み、留美子を慰めている。帰ろうとする古美門たちに気づいた留美子が顔を上げ、メイを見たが…メイは思いを振り切って、通りすぎようとした。 「…留美子さん」思わず黛が声をかけた。「どのような結果になったとしても、親子の縁を切ることはどんな法律にもできません。思い合っていれば、親子です」
留美子は立ち上って深々と頭を下げ、井手に付き添われて裁判所を出ていった。
「では、私もこれで。新幹線の時間なんです。飛行機は嫌いなもので」
清蔵が三木に声をかけた。「結果はお知らせします」と、三木が言ったが、清蔵は「結構」と言って立ち去った。
裁判所前の表通りに、清蔵がいた。タクシーを停めようとしているが、空車がなくて捕まらずにいる。
「東京駅なら、逆方向ですよ」後ろから古美門が声をかけた。
「…見ましたよ、スカイツリー」清蔵が振り返る。
「想像していたより、ずっと大きかったでしょう?」
「…東京タワーのほうが大きかった、はるかに」
そう言って清蔵は、横断歩道のほうへ歩いていった。
「また東京へいらしてください。いろいろご案内します、息子さんと!」その背中に黛が叫ぶ。
「息子はいません」清蔵は今度こそ振り返らずに帰っていった。
数日後、メイは荷造りをしていた。ロケなどであちこち飛び回ることが多かったからだろう。慣れた様子で、洋服や洗面道具などを詰めていく。これからどうするのかと服部が尋ねると、ロンドンに行くのだと答えた。
「父親のお姉さんって人が置いてくれるって言うから。かっこいいじゃん、ロンドン留学なんて」メイはにっこり笑った。
「後見人がすんなり決まってよかった」黛はホッと胸を撫で下ろしていた。
「では、芸能界はこのまま引退なさるのですか?」服部は尋ねた。
「そうだね、どうせもうイメージがた落ちだし」メイはあっけらかんとしていた。
そんなメイを見ながら、古美門が「『いつかまた一緒に暮らしたい。私のお母さんは、宇宙にひとりだけだから』。どこかで聞いた記憶があるんだがね」と、突っ込んだ。
「『パパの恋人』第三話の名台詞ですね。ドラマでは、お母さんじゃなくパパでしたが」服部がにっこりと笑った。
「君は根っからの女優だよ。いずれカムバックするさ」古美門が言うと、メイはへへッと子どもらしい笑顔で笑い、「じゃね!」と事務所を出ていった。
その頃、留美子はマンションの壁一面に貼ってあるメイの写真やポスターなどをぼんやりと眺めていた。でも…思いを振り切り、一枚一枚、剥がしだした。その横で、黙ってその作業を手伝っていたのは、梶原だった。
「父親をもってしても倒せず、ですか」と、井手が言った。その口調はどこか安堵しているようでもある。古美門に負けたのは自分だけではない、と言いたいようだ。
「あんな老いぼれに、はなから期待してなかったよ。すべては布石だ」
三木が負け惜しみを口にしたが、
「布石?」井手には言葉の意味がわからなかった。
「三木先生の目的は、古美門先生に小さな黒星ひとつつけることではありません。ですよね?」沢地が意味ありげに三木を見る。
「じわじわと…だが確実に、奴の首は真綿で絞められているよ」
「そろそろ息の根を止めに行かれては?」と、沢地が言った。
清蔵はいつものように庭で木刀を振っていた。気づくと、電話が鳴っている。ずいぶんと長い間鳴っていたようだ。清蔵は家に上がり、電話に出た。
「ああ、あなたですか。ええ、のこのこ東京まで出ていって恥をかくとは思いませんでした…嬉しい? 私が? まさか。ところであなたのことは、バレてないんでしょうね?」
「はい。今でも古美門先生は、私のことを一般公募で応募してきたと思ってらっしゃいます」
電話の相手は、服部だった。
「そう、嫌ならいつでも辞めていいんですからね」
「いえ、先生に拾っていただいた命ですから、せめてご子息にご奉仕させてくださいませ。それに、こちらは楽しゅうございます」
服部は、「では」と電話を切った。
黛は資料や文献を手に、バイオリンの練習をしている古美門に懸命に話しかけていた。
「サンタクロースの起源は、恵まれない子に無償で穀物などを配っていた四世紀の司教ニコラスとされています。 おそらく彼の行いを弟子が受け継ぎ、やがて一般家庭にも広がっていったんです。 つまりサンタクロースは無数にいるんです。 親が子にプレゼントをあげた瞬間、その人はサンタクロースです。 サンタクロースとは、誰かが誰かを思うことそのものなんです。よって、サンタクロースは存在します」
黛は力説した。
「詭弁だな。私は見たことがない」古美門は相変わらずだ。
「先生の場合は例外かもしれませんね」黛は口を尖らせた。
「いえ、古美門先生にもきっと素晴らしいプレゼントを送り続けてくださっているサンタクロースがいると思いますよ」服部がお茶を淹れに来て言った。
「私がどんなプレゼントを受け取ってると言うんですか?」
「たいへん頼りになる素晴らしいプレゼントが、目の前に」
目の前…と視線を動かした古美門と、黛の目がばっちり合った。
「…私? 嫌だ、服部さん! やめてくださいよ!」
「こんなサンタさんならいなくていい、いてほしくない! 君が来てからろくなことはない。最悪のサンタだ」古美門はビシビシ指をさす。
「だから指をささないでください!失礼でしょ!」黛も負けずにさしかえした。
「おまえだって指さしてるじゃないか!」
「先生がさすからでしょ!」
やり合うふたりの姿を、服部はほほえましく見守っていた。
(ドラマタイトルのエンドロール)
(了)
2014年(平成26)1月8日(水)新宿区大久保地域センターで第26回いじめ虐待防止フォーラムが開催された。 今回は事務局長の垣内裕志から提案がなされた。
垣内「まず今回のフォーラムでは、二つの映像を御覧頂きたいと思います。 一つは、岡田ユキの関わるサークル・ダルメシアンを取り上げた報道番組と、テレビドラマによる虐待に関連したもの。 この二つの番組から“いじめ虐待”について皆様に考えて頂きたいと思います」
○フォーラム会場にて
Q(質問)「どうしてホストクラブ“愛本店”でカウンセリングするのですか?」
岡田 「実践の場所ということで“愛”を使用している。虐待問題の根本は異性という点にあり、女性であれば男性に褒めて貰いたかったり、男性から注 目して貰いたいという欲求の表れがある。“愛”では男性スタッフのホスト役が来店されたお客様(女性)を心底喜ばせるプロであって、彼らによって異空間で この体験をして欲しいと考えている。 私は最初に対面カウンセリングを行い、その後実践の場としてホストクラブ愛で異性に触れて貰い、自分というものを解 放しリラックスした状態で、虐待で閉ざされた自分自身の内面を解きほぐし、翌日からは本来の自分新たな自分で再出発してもらっている」
Q 「岡田ユキのカウンセリングは、他の人とどう違うのか?」
岡田 「私自身も苦しい体験をしてきた過去があるので、問題の答えをクライアントに出すという点にある。本来はカウンセラーや精神科医の立場にいる 方々は“答え”を出せない人である。あるいは、出してはいけないと言われている人。これまでに体験してきたさまざまな職業や生活的困難を克服し乗り越えて きたので、これらの体験をもとに解決策を自信をもって提示でき、かつ快復させてきた実績の裏付けとともにカウンセリングしている」
Q 「岡田さんはどうして苦しい人の気持ちがわかるのですか?」
岡田 「例えば、医者になるには多くの勉強をしなければならない。また勉強のできる環境がある。私の場合は家庭で虐待を受けてきていたため、家で勉 強ができる状況ではなかった。だからこそ、一日でも早く家を出て仕事をしなければならなかったからこそ、苦しんでいる人たちの心境が手に取るようにわか る」
Q 「英才教育や早期教育はやった方がいいですか?」
岡田 「私は賛成とか反対とかいう意見は思っていない。 要は結果的にその児童が大人になった時、自分自身というものをはっきりと認識し理解できた 時、果して自分はこれでよかったと思うのか、いや別の生き方の方がよかったと思うのか、この部分で判断が自分でできるのかだと考える」
Q 「自分の夢を子どもに託すのは悪いことですか?」
岡田 「これも、良いとか悪いとかの問題ではないと思う。その子自身であったり母親自身が、子どもが成長した時に親に対して『ありがとう』という言 葉を言ってもらえたなら正解ではないかと思う。また子どもが成長し、自分が子を育てる段階になった時、苦しむのならそこで軌道修正すればよいのだと思う。 親子といっても全く同じではなく人格も違うから、母親が達成出来なかった夢を子に託していって、例えば子が挫折した場合、親がよしとして新たな道を歩ませ るようにしてあげることのできる親であればよいのだと思う」
Q 「私は50%タイプだと思うのですが、ダメな人間ですか?」
岡田 「それも良いとか悪いとかの問題ではなく、自分を取り巻く環境・周囲の身近にいる人たちが、よしとしてくれたのならそれでも良いとは思います が、自分によって周囲の人を苦しめているのであれば何等かの形(方策)で、50%タイプの自分が変わっていく必要があると思う」
Q 「ドラマに出ていた子役の子は200%タイプなんですか?」
岡田 「あの子の場合は、50%か200%かの部類よりアダルトチルドレンだということ。母親(大人)をなめてみている。その反面自分が面倒をみて あげないと母親はやっていけないということが判っている。 どんな時でも母親がズルイことをしていたらアダルトチルドレンの子は、その親を反面教師として 正義感を出す。その一方、母親のズルさを真似しようとする子がいる(ドラマのように)。この境界線にいる子だと私は思う。
Q 「しつけと虐待の違いは何ですか?」
岡田 「要は、子どもが成長した時点で、厳しく育ててくれて『ありがとう』ということが言えるかどうか。虐待する親と言うのは、自分の感情ストレス を 子に向けて吐き出すようにする。その時のイライラした感情や都合により、子が良いことをしても悪い方へ子を仕向ける。他の人からは褒めてもらえるの に、自分の親だけが詰るように接することに何か疑問と違和感を抱いてしまう。 私はその時、母親に対して『どうしたら私はいい子になれるの?』と問いかけ 続けていたが、親から『お前が考えろ』と言われ、何も教えようとしなかった。虐待を受けて育った子は、常に自分が良い人間なのか悪い人間なのか自分には判 断できない立場のまま成長してきている。自分がどうしたら親に好かれるのか…、虐待されずにすむのか…、ぶたれずにすむのか…と常に頭の中をよぎる。躾を しているという親というのは、虐待をしている親と同じようなことをしていても、相手(子ども)が納得できるように最後まで責任をもって言葉を投げかけてく れている。答えを幼少期にしっかりと出してもらえれば子どもというのは厳しい躾であっても、虐待とは感じない。長年疑問を感じたまま成長して大人になった とき、何かがきっかけとなって親に虐待されていた自分に気が付く。と、私はそのように思う。
2013年11月11日TBSで放映された番組「Nスタ」報
道特集“直アタリ”~赤ちゃんがモノに見えた・告白 我
が子を虐待する母親たち~という番組と、フジTV制作の
連続ドラマ「リーガル・ハイ」脚本古沢良太・百瀬しのぶ
ノベライズ 扶桑社文庫刊より抜粋
“CHAPTER8 親権を奪え!天才子役と母の縁切り裁判”が流された。
以下この二つの番組を、放送された内容に忠実に従いシナリオ形式で記した。 なお呼称については放送されたものに準ずる。
TBS「Nスタ」報道特集番組 2013年11月11日放送より
直アタリ!「赤ちゃんがモノに見えた」
~告白 我が子を虐待する母親たち~
N(男性ナレーションの声)
「東京新宿にある市民活動団体サークル・ダルメシアン。ここに児童虐待と向き合っているカウンセラーがいます」
○画像
虐待専門カウンセラー岡田ユキの
【虐待根絶マニュアル】パンフの投影画像が映る。
○岡田ユキのアップ
N 「岡田ユキさん51歳」
○岡田の講演(フォーラム会場)
N 「1996年から児童虐待防止を訴える講演活動や、多くの母親たちの相談にのってきました」
○岡田インタビュー
岡田 「人を助けられることをしたら、どうすればいいのか。どんどんメールが来て『会いたいです』ということになり、会うことが本当に大切なんだと思った」
○岡田 舗道を歩く姿にインタビュー
Q(質問)「今日はカウンセリングということですか?」
岡田 「ハイ!先日メールを頂いて、子育てで悩むお母さんのカウンセリングです」
○和室・天上部からの撮影画面(岡田カウンセリング)
N 「この日カウンセリングにきたのは、1児の母30代のまり子さん(仮名)。まだ自分の感情をコントロールできず、子どもに対し四六時中罵声を浴びさせてしまうと言います」
○机を挟み 岡田とまり子さん
岡田 「躾で厳しくしてしまう!?」
まり子「そうですね。怒っている自分が嫌だった(自分を虐待した)母と同じで…。そうならないようにと思ってきたのに、結局は同じことをしていて、子どもの反応も自分の顔色をうかがっていて、自分が辛かった子どもの時と同じことを繰り返している。 そのことに自分がパニックになってしまう」
N 「まり子さんは物心ついた時には、母親に恐怖心を抱いていました。 何をやっても怒鳴られ意味が判らない。 常に母親の顔色をうかがいながら生きて来たと言います」
まり子「常に、お母さんの反応をうかがって、怒らないようにって。 緊張しているっていうか、そういう状態だったと思います」
N 「長い間、胸の中に閉じ込めていた思い。 カウンセリングの一環でまり子さんが書いたものには、母への憎しみが綴られていました」
○手紙の文字
声 「怖かった、辛かった、泣きたかった、楽しくなかった、心を開けなかった」
○公園・まり子さんのインタビュー
まり子「自分が親と同じ母親になるのは、凄い恐怖で自分の子どもにそういう辛い思いをさせることが、耐えられないと思っていたので、本当にその思いで子どもは作らずにいました」
N 「結婚して9年間、子どもを作らずにいたというまり子さん。しかし彼女は、夫の希望もあり出産しました。その後、我が子に対して怖れていた感情が生れたのです」
まり子「赤ちゃんがすごい不思議な存在に思えて、自分が産んだ子どもというより、何か小さなものがここに居るという感じで、自分の子どもっていう実感はなかった。ただただ不思議な存在で『あー、赤ちゃんがここに居るわ』という感じ。
○自宅(まり子さん宅)
・子どもと戯れている。
N 「半年、一年と子育てをしていくうちに、自分の子どもだと頭では理解していったというまり子さん…。しかしそれは愛情と呼べるものではなかったといいます。 ・・・そして」
まり子「だんだん自分が、お母さんと同じことをやっていると気付き始めた。ガーッ!て口で、自分の機嫌で怒っちゃうというか、イライラした気持ちをそのまま子どもにぶつけちゃうっていうか…」
Q 「言い方や口調は?」
まり子「いやァ、きついですね。決して小さな子どもに言う様な感じではなく、自分の腹が立っているのをそのままぶつける感じ」
N 「気が付けば、まだ言葉も話せない子どもに対し、罵声を浴びせていました。子どもが悲しそうな顔をすると、自分が責められている気持になり我を忘れてもっと激しく怒鳴り続けたといいます」
まり子「ごめんねって思うけど、すごい辛く当たってしまう。自分の嫌な部分を見てしまうから、ぶつけている自分がすごく嫌いだったけど出来ればぶつけたくない」
N 「このままでは、子どもに手を上げるようになってしまうというジレンマから、岡田さんにカウンセリングを依頼したのです」
○和室・岡田とのカウンセリング
まり子「自分が何を考えているのか、何をしたいのか自分が判らない。子育てのマニュアル本とやっていることが違う・・・」
N 「カウンセリングの最中、突然泣きだしてしまったまり子さん」
○岡田インタビュー
岡田 「私も含めてなんですけど、みんな同じパターンで苦しんでる」
N 「今では、悩む母親の相談にのる岡田さんですが、実は自身も辛い過去があるのです」
○画像テロップ
・“壮絶な過去”の文字に岡田の投影
○岡田の幼少期写真
N 「彼女は実の両親、二人の兄たちから長い間虐待を受けてきたといいます」
○岡田インタビュー
岡田 「母親が『昨日あんたの寝顔見て、お父ちゃんとタオルで首絞めて殺そうかと言っていた。だけど、お母ちゃんが殺したら殺人になるやろ!あんたが独りで死んだらうちの家庭はうまくいくと思うで』って」
Q 「ショックじゃなかったですか!?」
岡田 「ショックではない!(きっぱりと)。それで皆がうまくいくって言うんです。 アー!私がやっと家の中で貢献できると思った」
○画像 大量の錠剤薬と鋭利な刃物
N 「何度か自殺を図ったという岡田さん」
○写真 岡田と子どもと元夫の浴衣姿
N 「母親からの虐待は、家を離れ子どもを産んでからも続いていたといいます」
○写真 子どもを肩車する岡田の笑顔
N 「しかしある時、自分の子どもからの一言で救われました」
○写真 セピア色に変わる。
画像テロップの文字に子どもの声が入り
声 「おばあちゃんがおかしい。おかあさんはわるくない」
○岡田 フォーラム講演中の姿
N 「我が子のお陰で立ち直れたという岡田さん。だからこそ悩める母親たちの役に立てると思っているのです。そんな岡田さんには、もう一つの顔があります」
○岡田 ドレス姿の衣装で唄っている。
N 「カウンセラーをやりながら、歌手として生活しているのです」
○東京新宿歌舞伎町・クラブ愛本店内
まり子さんが店内階段を下りて行く後ろ姿。
まり子「すごい緊張しています」
N 「この日、岡田さんがショーを行う新宿のホストクラブに、まり子さんを誘いました」
○ホストクラブ店内 テーブル席
岡田がまり子さんのグラスに酒を注ぐ。
岡田 「今日は楽しんで貰って、家に帰ってからは家族に優しく接せられるように!」
N 「岡田さんは、自らの体験から追い詰められた母親には、閉鎖的な家庭環境から抜け出してもらい、息抜きをすることも大事だと言います」
○店内
ホストに囲まれて楽しむ岡田とまり子さん。
ホスト「・・・ちょっとした!?」
岡田 「今日は一日、いろんなことに気付いているから」
N 「突然涙が溢れ出したというまり子さん。毎日子どもと二人っきりの空間で声を荒らげる自分。息詰まった気持ちが解放されたのでしょうか」
岡田 「自分が解放できるようなことを、ちょっとずつこれから実践していく。たまには、こういう場所を作って楽しんでもらえたらいいなと思います(まり子さんへ投げかける岡田)」
N 「カウンセリングを受けて、徐々に母親の呪縛から解放され、母親への憎しみもだいぶ薄れてきたというまり子さん」
○店外 路上
Q 「(育児問題は)解決できそうですか?」
まり子「そうですね。母と同じになってしまうのではということが本当に恐怖だったので、母には出来なかったことが出来たので、子育ても母とは違う形でやっていけるのではと思います」
○新宿歌舞伎町
街の雑踏へ消えていくまり子さんの後姿。
N 「まり子さんは、子どもと夫が待つ自宅へ帰っていきました」
フジテレビ制作連続TVドラマ
「リーガル・ハイ」
CAST
古美門研介・・・堺雅人
黛真知子・・・・新垣結衣
三木長一郎・・・生瀬勝久
沢地君江・・・・小池栄子
加賀蘭丸・・・・田口淳之介
井手孝雄・・・・矢野聖人
服部・・・・・・里見浩太朗
CHAPTER8
《親権を奪え! 天才子役と母親の縁切り裁判》
疎開先から帰ってくると、あたりは一面焼け野原となっていた。少女は、その中にたたずむひとりの女性を見つけ、駆け出していった。
「…お母ちゃん!」少女は母親に抱きついた。
「よう帰ってきたなあ!」母親もぎゅっと抱き締める。
「戦争、終わったんやね?」
「そうや、終わったんや…もう離さへんよ」
「これからウチ、ぎょうさん働いて、お母ちゃんを幸せにしたる! ウチがお母ちゃんを幸せにするんや!」
健気な娘の言葉を聞いた少女を強く引き寄せた。 そんなふたりを夕日が包んで…。
「はいカット! OKでーす」ディレクターの声がかかると、
「お疲れさまでした!」少女はパッと母親役の女優から離れ、笑顔を見せた。
人気子役の安永メイだ。付き添いで来ている母親、留美子と、マネージャーの梶原を見ると、さっと仏頂面に変わった。
「ちょっとやりすぎだったんじゃない?」
留美子は、ズンズン歩いていくメイに声をかけた。
「今どきの視聴者は大げさだとシラけるわよ」
小言を言う母親を無視して、メイはスタッフたちに「お疲れさまでした~!」と満面に笑みを浮かべ、撮影現場をあとにした。
数日後。黛は戦時中を生きる少女が主人公のドラマを見て、涙を流していた。
「天才子役、安永メイさんですね」お茶を淹れに来た服部が画面を見て言う。
「メイちゃんにはいつも泣かされます。 永遠の理想の娘ですね」
思い切りティッシュで鼻をかむ黛を見て、古美門がバカにしたように笑っている。
「成功する子役なんて二通りだろう。大人の金儲けのために鞭打たれる哀れな操り人形か、大人の顔色を見て手玉に取るマセたクソガキ。彼女はどっちだろうね」
「どちらでもないと思います!」黛は憮然として言った。
「…服部さん、あの方は子どもの時からああなんでしょうか?」
「さあ、私は先生にも無垢なる少年時代がおありだったと思いますが」服部はハハハ、と笑って、昼食の給仕をしている。
「無垢なる少年時代…どうですかね」黛は顔をしかめた。
古美門は黛と服部の話を聞きながら、少年時代を思い出していた。―――あれは小学校四年生の時の十二月。放課後の教室で、女子生徒たちがクリスマスツリーの飾りつけをしていた。彼女たちがサンタクロースの話で盛り上がっているのを聞きつけた古美門少年は、話の水をさすように「サンタクロースなんているわけないだろ」と皮肉な笑みを浮かべてつぶやいた。
「サンタにプレゼントもらったもん!」佐藤真弓という女の子が必死に訴えてきた。
「四年生にもなって本気で信じてるとは驚きだ。あんなもんは玩具メーカーの策略に踊らされたバカな大人たちの自己満足イベントにすぎないんいだよ」
「じゃあ誰がプレゼントしてくれたのよ?」
「愚問だね。一度寝たふりをして薄目を開けてるといい。忍び足で枕元にプレゼントを置くお父さんの間抜けヅラが見られるだろう」
古美門少年が言うと、真弓はうわーっと泣きだしてしまった。
夕方、高級マンションのリビングでメイがマンガを読んでいると、ばっちり着飾った留美子が顔を出した。
「メイ、ママ、太陽テレビの皆さんと会食ね。明日は衣装合わせだから早く寝なさいよ」
そう言い残して出かけていく留美子を確認すると、メイは携帯を手に取った。
「ヒデくん、来ない?ユウキくんもいいよ。 大学の先輩?いいよ、連れてきなよ」
そう言って、キッチンの冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出した―――。
翌朝、メイが目を覚ましたのは病院だった。その間の記憶はなかったが、急性アルコール中毒で倒れ、救急車で運ばれたらしい。
「とりあえず当面の間休養とだけ言っておいたけど、記者会見は開かないと」廊下から梶原の声が聞こえてくる。
「駄目よ。急性アルコール中毒なんて言ったら、子役生命終わりよ! 体調不良で押し通しなさい!」留美子がヒステリックな声を上げた。
「私はメイの母親であり、所属事務所の社長よ。あなたは社員でしょう!」
ふたりが激しく口論している隙に、メイは病室から抜け出した。
『安永メイ、無期限休養』『暴かれた人気子役の荒れた私生活』などの見出しが躍る週刊誌を、黛は庭の隅でこっそり読んでいた。と、寝起き顔の古美門が伸びをしながらリビングに降りてきたので、慌てて雑誌を隠したが…。
「飲酒、喫煙、男遊びのフルコースか。マセたクソガキ説が正解だね。」
古美門はしっかり、メイのスキャンダルを知っていた。
「週刊誌なんて面白おかしく適当なことを書くものです」
黛が言い返したところに、服部が電話の子機を持ってやってきた。
「先生、お電話です。安永メイさまから」
「安永メイ?」
古美門と黛は顔を見合わせた。
指定されたホテルのスイートルームに入っていくと、メイはエステシャンに足をマッサージさせながら、ルームサービスを食い散らかしていた。
「モンペを穿いて芋の蔓(つる)ばかりかじっていたが、現実はだいぶ違うようだね」
古美門は最大級の嫌味を込めて言ったが、
「あなたが噂の最強弁護士、古美門さんね?」
メイもひるむことなく、不敵な笑みを浮かべた。
「世間は君が入院中だと思っているが、ここで何を?」
「なじみの支配人に頼んで、かくれんぼ」
「私を呼んだ理由は?」
「あなたを雇いたいの。お金ならあるわ」メイは試すような目で古美門を見る。
「だろうね」古美門も同じように、メイを見た。
「マスコミを名誉棄損で訴えるおつもりですか?」黛はふたりの間に割って入った。
「マスコミ? 記事は全部本当のことよ。おとなしいくらい」
その時、ドアが勢いよく開いた。人のよさそうな中年男が肩で息をしている。
「マネージャーの梶原。私が呼んだの。あの女にここにいること言ってないでしょうね?」
メイは梶原にとびきり横柄な態度だった。
「今も心配して探し回ってるよ…こんなことやめよう。これ以上マスコミの餌食(えじき)になってどうする?」
「弁護士を雇ったわ。あの女にも雇うように言っといて」
「まだ引き受けたわけではないよ。何をはじめるつもりだい?」古美門がメイを見据えた。
「あの女と縁を切らせて」
「あの女って?」黛が尋ねると、
「母親よ」メイはあっさりと言い放った。
「お母さんと縁を切るなんて、何をおっしゃってるんですか?」と、黛はメイに訴えた。
「親権を取り上げることができるって聞いたわ」
「それは、虐待などの行為が明らかな場合であって…」黛がオロオロしながら説明しようとすると、
「この私を見て。仕事と夜遊びに明け暮れて、肺は真っ黒、肝臓はボロボロ。十二歳よ」と、メイが何食わぬ顔で返してきた。
「母親の虐待そのものだというわけだね。面白い」古美門は楽しげだった。
「面白くありませんよ。メイさん。お母さんとよく話し合いましょう、親子なんだから」黛が至極まっとうに説明しようとすると、
「もうそういう段階じゃないのよ。ね、梶原?」メイはそう言って梶原を見た。
「事務所社長と母親業をひとりで頑張ってる、いいお母さんだよ。だいたい、子どものおまえに法的手段なんてとれるわけないんだ」留美子をかばう梶原を遮ったのは、古美門だった。
「それがとれるのです。奇しくも今年改正民法が施行され、現在では子ども自身が請求権者となって親権喪失や停止を申し立てることが可能なのです」
黛はこんな裁判なんてあり得ない、とばかりに「本件のような事案で適用されるか定かではありません」と、メイを説得し続けたが、
「だからこそ私たちが最初の裁判を勝ち取るのだよ」古美門はどうやらやる気満々だ。
「親子を引き裂く手伝いをするんですか?」
「古今東西のあらゆる子役の悲劇をすべて一身に抱え込んだようじゃないか。マセたクソガキでもあり、哀れな操り人形でもあったわけだ。メイくん、いささか難しい仕事になりそうなんだが…」古美門は意味ありげに指をこすり合わせる。
「二千万でどう? CM一本分」メイはあっさりと高額な弁護士料を提示した。
「家庭裁判所に対し、お母さんの親権停止の審判を求める申し立てを行おう」
古美門はにんまりと笑い、メイの依頼を引き受けた。
「冗談じゃないわよ。私があの子のためにどれだけ苦労してきたか、そうでしょ梶原? 私はあの子に仕事を強要したことなんてありませんし、学校だってあの子が行きたがらないんです!」
その夜。スーツで決めた留美子は、三木法律事務所で歯をギリギリ言わせていた。
「なぜ、このようなことを言い出したんでしょう?」沢地が尋ねると、
「ひとつは、お小遣いの件でしょうね」即座に梶原が答えた。
「あの子、カードを勝手に使ってブランド品を買いまくったんで、欲しい物は私に言って買うことにしたんです。それが気に入らないのよ」留美子が当然とばかりに言う。
「もうひとつは、あのことを怒ってるんでしょう」梶原がちらりと留美子を見た。
「三十すぎのスタイリストと付き合ってたんで、無理やり別れさせたんです。当然でしょ?」
「ようするに、遊ぶお金と好きな男性を自由にするため、親の監視下から逃れたいと。これはいわゆる…反抗期、ですよね?」沢地が言うと、
「そうですよ!単なる子どものわがままです! 裁判所が相手にするはずがありませんよね?」留美子も同意して激しくうなずいた。
「通常なら即座に却下されるでしょう。ただ本日発売の週刊誌に、このような特集が」
そう言って、三木がかたわらから週刊誌を取り出した。表紙には『酷使される子役の現実』とある。
「ネット上でもアクセスがランキングトップに」沢地が付け足すように言うと、
「向こうの弁護士がさっそく仕掛けたようです」三木が顔をしかめた。
「弁護士がこんなことを…?」留美子がまあ、おそろしい、という顔をした。
「信じられないでしょうが、金のためなら親子の絆も平気で踏みにじる弁護士がいるんです。家庭裁判所は、おそらく審問を開くでしょう」三木は言った。
「審問?」梶原が三木たちの顔を見回す。
「通常の裁判とは違い、非公開で当事者などから話を聞くんです」井手が答えた。
「ご安心ください。我々が責任を持って却下に追い込みます」自信満々の口調の三木に、
「よろしくお願いします!」と留美子が頭を下げた。
メイは古美門法律事務所のリビングで、蘭丸とトランプをしていた。 問題が解決するまでメイを事務所で預かることになったのだ。
「蘭丸、弱過ぎ、つまんない!」メイはトランプを放り出し、むくれている。
「先生、俺、子守りのために呼ばれたわけ?」蘭丸は不満そうだ。
「大先輩のお相手なら光栄だろうと思ってね。芸歴はベテランだよ」古美門が何食わぬ顔で言うと、
「蘭丸君て、役者志望なんですってね」黛が意味深に声をかけた。
「志望じゃなくて、役者。来月も劇団の舞台に立つしね」
蘭丸は憮然として答えた。
「なんの役?」メイが興味をしめした。
「シャイロック」
「『ベニスの商人』ね。やってみて。見てあげるわ」メイが上から目線で言う。
「こんな機会めったにないぞ」と、古美門もけしかける。
『奴は俺をバカにした。ことごとく俺の邪魔をして…』
蘭丸が演技をはじめた。強欲な金貸しのシャイロックを、いかにも悪役っぽい顔を作って演じてみせた途端に、メイに遮られた。
「はいはいはい。陥りがちな失敗ね。シャイロックは悪役だけど、血の通った人間でもあるのよ。そこがシェイクスピアの深いところよ」
「はい、服部さん!」いきなり、古美門が振ると、
『…奴は俺をバカにした』服部が悲しみの情感を込めた演技を見せた。
「うまい!」メイが感心して手を叩いた。
三木と沢地はオフィスでワインを傾けていた。
「やはりこんな理由で親権停止や喪失が認められた例なんてひとつもありませんよ。あまりにバカげてます」ひとり資料を読んでいた井手が顔を上げて言う。
「そのバカげた訴訟で歴史的大敗をなさったこと、お忘れですか、井手先生?」
沢地の先日の、東京ゲッツ対無茶なオバちゃんの裁判の話題を蒸し返した。負けるわけがないと豪語していた井手の、屈辱の敗退記録だ。
「古美門先生は、不可能を可能にする方ですよ。ねえ、三木先生?」
「…引きずり出してみるか。最終兵器を」
三木は何かを企むような顔で言った。
鹿児島県内のとある街―――。 古風な一軒家の庭先で、エイ! エイ! という気合いのこもった声が響いていた。 矍鑠(かくしゃく)とした老人が、木刀で素振りをしている。と、家の中で電話が鳴り響いた。
家庭裁判所の家事審判廷で、最初の審問が開かれることになった。
「また三木先生たちが相手なんて、もつれそうですね」席に着いて準備をしながら、黛が言った。
「手強いの?」メイが黛を見上げる。
「全然。私に手強い相手はいない」古美門がしれっと言ったとき、三木と井手、そして留美子が入ってきた。メイは露骨に留美子から目を逸らした。
「もはやみなさんは私のことが好きなんじゃないかと思えてきましたよ」
余裕の口調で嫌味を言っていた古美門の目が、突然、点になった。三木たちに続いて年配の男性が入ってきた。
「ああ、こちら、本案件を手伝っていただく古美門清蔵先生」
三木が黛に言った。
「古美門…? 初めまして、黛です」黛はその老人に挨拶をした。
「古美門清蔵です」老人は落ち着き払った声で言った。
「古美門研介です」古美門も平静を装って返した。
「そう言えばおふたり、同じ名字でいらっしゃいますね」井手が言う。
「古美門清蔵先生は、長年九州地方を中心に検察官として辣腕(らつわん)を振ってこられた方だそうです」
「九州の法曹界では知らない者がいないほどの鬼検事でいらした。今回、無理を言ってご協力ねがったんだ。親権問題は慎重を期さねばならないからね」三木は誇らしげだったが、清蔵も古美門も無言のままだった。そこに裁判官が入室してきて言った。
「では、申立人安永メイによる、安永留美子の親権停止審判申し立てについて審問をはじめます」
清蔵の顔を見た途端、古美門の脳裏に小学校四年生の時の記憶が蘇ってきた。
―――古美門少年は清蔵の書斎に呼び出され、直立不動で立っていた。
「佐藤真弓ちゃんのお母さんが抗議に見えました。君はサンタクロースはいないと言ったそうですね」清蔵は机で仕事をしながら、古美門のほうを見ずに言う。
「なぜ、そんなことを言ったのですか?」
「本当のことだからです。嘘を信じているほうがバカだからです」
「サンタクロースは存在しないという根拠は?」
「だって嘘だから。いないものはいない。見たことないし」古美門少年は答えた。
「根拠を示しなさいと言っています。自分が見たことのないものは存在しないということですか?」
清蔵は振り向きもせずに、十歳の息子を問い詰めて言った。
「僕だけじゃなくて、世界中誰も見たことないんです」
「世界中の人間にインタビューしたんですか?」
清蔵の執拗(しつよう)な問いかけに、古美門少年は返事ができないままだった。いつもそうだ。
「地球外生命体を見た者はいないが、この広い宇宙のどこかに存在するだろうと考えられています。 見たことがないから存在しないという論旨はなりたちません。その上で、サンタクロースが存在しないという根拠は?」
根拠は、と言われても…清蔵だけは論破できない。
「君は根拠もないのに、勝手な見解でクラスメートを傷つけたわけですね」清蔵は引き出しから財布を出し、古美門に千円札を渡した。
「文久堂のカステラを買い、今すぐ謝罪に行きなさい。ちなみにそのお金は君のお年玉に用意していたものなのでそのつもりで」
清蔵は冷徹な口調で言い、またすぐに仕事に戻った。
家事審判廷では、審問が続いていた。古美門は過去の記憶を頭から払い、提出した主張書面の説明をしていた。
「メイさんは、実に生後七カ月から芸能界で馬車馬のごとく働かされてきました」
オムツのCMがメイのデビュー作だった。
「母、留美子さんには、ご自身も女優として活躍したが挫折した過去があります。その無念を我が子に託したのです」
それ以降、メイは子役タレントとして人気を保ってきた。黛がメイと留美子の関係を説明した。
「ご主人との離婚により、一層メイさんを芸能界で成功させることに傾倒していきました。一卵性親子と称されることも。四年前、主題歌も歌ったドラマ『パパの恋人』が大ヒット。メイさんが大ブレイクすると、梶原マネージャーを引き抜き、自身が社長の個人事務所を設立」
古美門があとを引き継いだ。
「メイさんはほとんど学校へ行けなくなりました。 産業革命時代、炭鉱で働かされた子どもたちを想起するのは私だけでしょうか。 翻って留美子さんは素行がどんどん派手になっていきました。 メイさんの稼いだお金でブランド品を買い漁り、毎晩のように遊び歩く。 時には多感な年頃のいるメイさんの自宅で、様々な男性と様々なことを楽しみました」
嫌で嫌でたまらなかった、とメイは言っていた。
「メイさんには友達がいません。 父親もすでに再婚し家庭がある。頼れる相手はいないのです。孤独の中で苦しみ、とうとう急性アルコール中毒で命を落とすところだったのです。 まさに悲劇です! 民法第八三四条の二第一項に基づき、母親である安永留美子の親権停止の審判を申し立てるものです」
古美門の言葉を聞き、怒り心頭に発した留美子が思わず立ち上がろうとしたが、三木がそれを制して口を開いた。
「私には、娘とともに必死で人生を切り開いてきた美談に思えますが」
「娘を吉原に売った金で遊び呆けるのが美談ですか」古美門が得意の皮肉な口調で言う。
「留美子さんは、芸能活動を強要したことはなく、すべてメイさんの意思だったそうです」三木が反論し、
「九九もあやふやなようでは親の義務違反です」古美門が即座に反した。
「家庭教師を雇って勉強させていました!」留美子が叫ぶと、
「イケメンの慶応大生といちゃつきたかっただけじゃない」メイが冷ややかに言った。
「…なんですって?」
「あなたは金と男のために私を利用してきたのよ、ビッチ!」
そうメイが言い放つと、留美子の中で何かが切れた。
「ビッチはどっちよ。共演する男の子と手当たり次第!私がどれだけイメージ守るために火消しをしてきたと思ってるの?」
「私が稼げなくなると自分が困るからでしょう?」
「あなた、単にあのスタイリストとのことを恨んでるだけじゃないっ!」
「自分も狙ってたからね!」
ふたりは場外乱闘状態だ。
「まあまあ、落ち着きましょう!」黛が慌てて間に入った。
「裁判官、このような親子関係で健全な発達が望めると思いますか? 前例のないケースではありますが、裁判官には子どもの福祉の観点から思い切ったご判断をしていただきたいのです」古美門が裁判官に訴えると、
「古美門先生のご意見を伺ってはいかがでしょうか? あ、古美門清蔵先生」
井手が清蔵を促した。 ずっと沈黙していた清蔵に一同の視線が集まった。
「…親権を停止させて、どうしたいのか」清蔵は重みのある声で言った。
「メイさんは更生したいのです。芸能活動を休止し、勉学に励み、通常の人間関係と社会を学びたいのです」古美門が答える。
「留美子さん、それは受け入れられないんですか?」清蔵は留美子に尋ねた。
「いえ、メイが望むなら受け入れます。私はこれまでも仕事が嫌なら辞めていいと言ってきたんです」
「これで済んだ」清蔵はこれ以上議論する余地はないと言わんばかりに言い、目を閉じた。
古美門は、すぐさま反論した。
「メイさんにとって、『辞めてもいい』という母親の言葉は、『辞めたら許さない』という脅迫にほかなりません」
「なぜそうなる?理解に苦しむね」三木が言う。
「メイさんは、物心つく前から留美子さんの求める幸せこそ自分の幸せなのだと教育されてきたんです。一種の洗脳教育です。メイさんは今、その洗脳から懸命に逃れようとしているのです。留美子さんのもとではそれはかないません」
古美門の言葉に、「洗脳…?」と、清蔵がピクリと反応した。
「洗脳の定義とは?」
「一般常識と異なる価値観や思想を植え付けることです」
即座に返す古美門を無視して、清蔵が黛に話しかけた。
「…黛先生でしたね?」
「あ、はい」いきなり使命され、黛は緊張気味に背筋を伸ばした。
「ご家族だけの習慣はおありかな? 黛家だけのルール」
黛は、ふっと思い出し笑いを浮かべ、「うち、誕生日には、おめでとうって言って、ほっぺにチュッとやるルールだったんです。だからみんなそうなんだと思って、誕生日のクラスの男の子にキスしようとして、すごい引かれたんですー!」と、手を叩く勢いでひとり、爆笑した。が、周りはみな、しんとしていて、黛は慌てて黙り込んだ。
「なんですか、このぬるいあるある話は」古美門は清蔵に尋ねた。
「黛先生も洗脳教育を受けている」
「そんなものは洗脳とは言いません」
「しかしあなたが言われた定義に合致するもので」清蔵の言葉に、古美門は黙り込んだ。
「あなたは言葉をよく知らずに使ってらっしゃるようだ。
洗脳とは、暴力などの外圧を用いて特殊な思想を植え付けることであって、子どもの教育に対して行われる場合はマインドコントロールという言葉を使います。 もう少し勉強されては? 親が自分の信じる幸せを子に求めるのは自然なこと。メイさんは、極めて正常な発達をされていると思われます。喜ばしい。以上」
清蔵はかすかに笑みを漏らし、話を終えた。
「信じられないわ、何が最強弁護士よ」
事務所に戻ると、メイはさっさと二階へ駆け上がってしまった。
「芳しくなかったようですね」服部が古美門と黛の顔を見た。
「古美門先生のあんな姿を見たのは初めてです。 いつもは一言われたら十言い返すのに、防戦一方というか、ぐうの音も出ないというか、サンドバッグ状態というか、蛇に睨まれたカエル…」
「たとえが多すぎないか?」古美門は黛の言葉を遮った。
「古美門先生とは、どういうご関係ですか?」黛が尋ねると、
「…関係などない。続柄としては、私の父だがね」何食わぬ顔で古美門が答えた。
「父と思ったことはない」
「私は正直言って、お父さまのご意見に心打たれました。私思うんです、親子の問題を解決するのは、法ではなく、親と子の絆のはずだと」熱く語る黛に、
「親と子の絆ね…」古美門は、はあ、と小さくため息をついた。
三木は清蔵を連れ、オフィスに戻った。
「私はもういいでしょう、あとは君たちに任せて帰ります。相手も案件も、くだらなすぎます」
そう言って、清蔵はこの案件から降りようとしたが、「最後までやっていただきます」と、三木は清蔵を引きとめた。
「九一年、商社脱税事件。駆け出しの検事だった私は、あなたに魅了されました。 以来、目標でした。彼を私が採用したのも、あなたのご子息ならば、育ててみたいと思ったからです。しかしその結果、どんな悲劇を招いたかは…あなたには言いますまい」三木は首を振り、話し続けた。
「古美門研介という法律家は、あなたが産み、私が完成させた化け物です。 私たちは、共犯なのです。ご子息を葬りましょう」
「・・・」清蔵は、何も言わなかった。
―――千円をもらってカステラを買った。だけど…。古美門少年は家に帰る途中の原っぱでバリバリと包みを開け、カステラを口に放り込んだ。と、背後に人の気配を感じた。
「なぜ、君がそれを食べているのか、説明しなさい」背筋も凍るような、清蔵の声がした。古美門少年が何も言えなかったのは、口の中がカステラでいっぱいだったからではない。
「何でもいい、私を説得してみせなさい」
清蔵に言われ、古美門少年はカステラを懸命に咀嚼(そしゃく)し、立ち上って口を開いた。
「真弓ちゃんはカステラが苦手なので持って帰りなさいと言われたからです」
「真弓ちゃんは、カステラが大好物だという情報を得たから、私は君にカステラを持っていくように言ったのです。それくらい予想できませんでしたか? 頭の悪い子は嫌いです。中途半端な人生を送るくらいなら、家名に傷をつけないよう、どこか遠くへ消えなさい」
清蔵はそれだけ言うと、古美門少年を放ったままで立ち去った。
「…いないのに…サンタクロースは…いないのに…」
古美門少年はぎゅっと拳を握り締めて泣いた。 家を出よう。父を見返そう。古美門はこの時、強く決心したのだった。
朝、古美門たちが食事をはじめても、メイは降りてこなかった。
「メイさまはまだ起きてこられないのでしょうか」服部が心配そうに二階を見上げた。
「完全に昼夜逆転です。勉強も見てあげたんですが、だいぶ遅れてますね」黛が言ったとき、チャイムが鳴った。
「気にすることはない。九九はあやふやでも、出演料と源泉徴収の計算はできる」古美門が紅茶を飲みながら言った。
「それが不健全だと思うんです」黛が言い返すと、玄関に出ていった服部が戻ってきた。服部の背後からやってきたのは…清蔵だった。清蔵は部屋の中を見回している。
「なんのご用ですか、古美門先生?」古美門がよそよそしい口調で尋ねた。
「スカイツリー見物のついでに」清蔵は言った。ふたりの緊張感あふれるやりとりに、黛も思わず硬直した。
「古美門先生、申し立てを取り下げなさい」だしぬけに清蔵に言われたが、
「お断りします。服部さん、お帰りです」古美門はにべもなく断った。
「君は、メイさんに自分を重ねているようだ」
「十代であなたと縁を絶ち、自分で人生を切り開いてきたからこそ、今の私があります」
古美門は表情を変えず、言い返した。
「今の君とは? まさか、今の自分が成功者だと思ってるわけじゃあるまいね。ドブネズミが高級スーツを着ているようにしか見えない。弁護士などなるべきではなかった。君は昔から卑怯で卑屈で、そしてなにより頭が悪すぎた」
古美門は何も言い返さなかった。
「無論、君を徹底的にしつけ、教え込むことを放棄した私の責任です。君はもはや手遅れだが、あの親子は間に合う。よく考えなさい」
父親である清蔵の冷たい物言いに、古美門がようやく口を開いた。
「…スカイツリーは大きいですよ、昭和の電波塔よりはるかにね。時代は変わったんです」
「見てみるとしましょう」清蔵は言い、「見送りは結構」と服部を制して出ていった。
「…先生とお父さまも問題の根が深いようですね」黛がしみじみと言った。
「サンタクロースをいくつまで信じていた?」唐突に古美門が黛に尋ねた。
「夜中に不法侵入してきて、荷物を置いていくという老人のことだよ」
「私は…今も信じてます」
「なんだって?」古美門の声が裏返った。
「今もサンタクロースはいると思っています」
「君の愚かさはいつも予想の上をいくね。もういい。朝ドラの家庭はくだらないな。服部さんはどうですか?」
「私の少年時代に、サンタクロースというシステムはございませんでした」
「それは失礼」
「…私はサンタなんて一度も信じたことはないわ」
いつに間にかメイが後ろに立っていた。揺るぎないメイの顔をみつめて、古美門は決意を込めて「必ず勝とう!」と、メイに言った。
後日、古美門たちは梶原を喫茶店に呼び出した。梶原はマスコミの対応に追われっぱなしで、日々たいへんな思いをしているらしい。
「梶原さん、次回の審問に出席してもれえませんか? ずっとメイちゃんと留美子さんを間近で見てきた梶原さんに、率直な意見を言っていただきたいんです」
黛が依頼すると、「そう言われても…私には…」梶原はおどおどとハンカチで汗を拭いているばかりだった。
「留美子さんとメイさんの関係は元には戻りません。どちらと手を組むべきかよく考えましょう。金を生み出す天才子役と、それを管理しているだけの母親」古美門が切り出した。
「そういう言い方は…」黛が止めかけたが、
「メイがずっとかわいそうでした…この子は幸せなのかなっていつも…留美子さんは、たしかにひどい」梶原が黛を遮って言った。
「そう述べていただけますか?」
古美門が尋ねると、梶原はうなずいて帰っていった。
梶原は芸能事務所ビルの地下駐車場で、留美子を待っていた。やがて、今日も派手に着飾った留美子が降りてきた。
「やはり接触してきました、向こうの弁護士。留美子さんに言われた通り、言っておきましたよ」
「ありがとう…やっぱり最後に頼れるのはあなたね。今回のことを機に、私自身も少し落ち着こうかと思ってるの。いつまでも若い男の子と遊んでる年じゃないしね。梶原、あなたさえよければ…考えといて」
「留美子さん…」梶原は嬉嬉として車を出した。
三木は、高層ビルにあるオフィスから夜景を見下ろしていた。
「梶原マネージャーの件、うまくいったそうです」
沢地がワイングラスを手に報告に来る。
「却下で決まりだな。国民的人気子役をかどわかし、二人三脚で歩んできた母親との断絶を図ろうとした悪徳弁護士…」
「全国民を敵に回すことでしょう」
「奴にふさわしい」三木と沢地はワイングラスをカチンと合わせた。
第二回審問の日。家事審判廷に梶原もやってきた。
「メイさんの担当マネージャーになってどれくらいですか?」裁判官の問いかけに、
「かれこれ七年です」
「率直なご意見を聞かせてください」
「親権の停止など、あり得ないと思います」梶原はきっぱりと言った。
「…梶原さん?」黛は耳を疑った。
「留美子さんは、深く子どもを愛する母親です。強いて悪かった点があるとすれば、メイをわがままに育てすぎたことでしょう。今後、しっかりとしつけるべきです」
まるで台本を読むような梶原の証言に留美子は口角を上げ、にやりとした。
その直後、古美門がノートパソコンを開き、映像を再生させた。
「梶原さん、これが真面目な母親の姿ですか?」
映像には、「今日は前祝いよー」とホストクラブではしゃぐ留美子が映しだされた。
―――「何かいいことあったんだ?」ホストが尋ねると、「私の美貌で男をひとり落としてきたのよ」と、留美子が上機嫌で答えている。
「加齢臭のひどいおっさん。裁判に勝つために芝居打っただけなのに、コロッとその気になっちゃって!」
「俺も応援してるよ。勝ってくれないとここにも遊びに来れなくなっちゃうもんねー」
「蘭丸ちゃんに会えなくなったら困る~!」―――。
ホストに扮した蘭丸が隠しカメラに向かってVサインをしたところで、映像は終わった。梶原は顔を強張らせ、立ち上った。そのまま出ていこうとする梶原に、
「梶原さん、発言に訂正はありませんか?」古美門が意見を求めた。
「あ、あります…ひどい女です!」梶原は震える声で言い捨てて、出ていった。
「か、梶原…」留美子は顔色を失くしている。
「もう一度だけ開きましょう。ご本人たちの主張を聞いて、最終的に判断します」裁判長が言い、審判は持ち越されることとなった。
「どうしたらいいんですか…メイをうしなったら、私はどうしたらいいんですか?」
三木法律事務所に戻った留美子は、すっかり取り乱していた。
「そんなことにはなりません。裁判所が親子を引き裂く決断を簡単にするはずがありません」落ち着かせようと、三木がなだめたが、
「気休めはやめましょう、形勢は逆転されたと見るべきです」清蔵が平然と言い放った。「姑息な手を使うから墓穴を掘るんです」
「あなたはご子息をわかってない。正攻法でやり合ってどうにかなる相手じゃないんだ」三木がそう言うと、清蔵は黙り込んだ。
「このまま留美子さんが母親失格と見られてしまうかどうかは、最終的には裁判官の心証です」冷静に沢地が言った。
「留美子さんとメイさん、どちらの主張が胸を打つか…」井手がじっと考え込む。
「相手は、天才子役」沢地は留美子をじっと見た。
「留美子さん、こちらで台本を用意します。徹底的に叩きこんで裁判官の心を揺さぶっていただきたい」
三木の言葉に留美子は不安げだった。
「…母に逆らうことなんてできませんでした。なぜなら、母は娘の私を愛していないからです。母が愛しているのは、お金を稼ぐ人気子役、安永メイなんです…!」
メイはわっと泣き出した。黛の目にも涙があふれ…。
次の瞬間、「泣くの早かったかな」メイは涙を拭きながら、ケロッとして言った。
古美門法律事務所のリビングで、メイは台本を手に次回審問会の練習をしていた。
「これぞ天才子役だよ、蘭丸くん」
古美門は皮肉っぽく言ったが、蘭丸は率直に感心し、拍手をしていた。
その夜、留美子のマンションの部屋で、ひとり台本を手に練習をしていた。
「常に娘の幸せを第一に考えてきました。必ず親子関係は…親子関係を修復できます。どうか私たち親子の絆を…」
留美子はつっかえつっかえ、セリフを憶えようとしていたが、うまくできない自分に、そして今の状況に涙が出てきた。
留美子は、突発的に携帯を取り出し、メールを打ちはじめた。
「留美子さん!」
梶原がマンションに駆け込んでいくと、浴室からシャワーの音が聞こえてきた。急いでバスルームのドアを開けると…ナイフを手にした留美子が倒れていた。手首から血が流れ、排水溝に吸い込まれていった。
翌朝、尋ねてきた三木たちに、傷は浅く心配はないと、梶原が告げた。
「メイは? なんでメイは来ないのよ?」ソファに横たわっていた留美子が不満げに言う。
「知らせましたが…知ったことじゃないと」梶原はメイの反応を正直に伝えた。
「審問には出られそうですか?」沢地がクールに尋ね、三木は床に落ちている台本を拾って、留美子に差しだした。
「酷なようですが、ここが踏ん張りどころです」
すると、横からさっと手が伸びてきて台本を奪った。清蔵がいきなり台本を破ってゴミ箱に捨てた。そして、説得力のある声で留美子に言った。
「思いのままを言えばいい」
朝食を頬張っているメイをちらりと見て、黛が口を開いた。
「やっぱり行ったほうがいいんじゃない? お母さんが自殺未遂をしたのよ」
「そんな大げさなものじゃないって!」メイが苛ついた声を上げた。
「でも親子なんだから…」
「うるさいっ!」メイはテーブルから食器をなぎ払った。
「私は行かないッ! 絶対に行かないッ!」
泣きだしそうな表情を浮かべて、二階へ駆け上がっていってしまった。黛たちは、呆然とその姿を見送った。
「十二歳の子が母親と断絶しようとしている。内心どれほどの苦悩を抱え、血を吐く思いをしているか。君にわかるか?」古美門が黛に言った。その口調は、いつも挑発的なものでも、人を小バカにした調子でもなかった。
「二度と薄っぺらい言葉を吐くな」
「しかしメイさんは、留美子さんの状態がさもわかっているようなおっしゃり方でしたね。まるでもう見たかのように」
服部が口をはさんだ。その言葉の意味を、黛はじっと考えた。
古美門たちは、相手陣営よりも先に家事審判廷に到着した。
「今日でお父さまとも決着ですね」黛は隣の古美門に声をかけた。だが何も答えは返ってこない。メイは、ぶつぶつセリフを反芻している。
「黛さん、お水ある? 水分取っとくと涙出やすいから」
「ああ、はい…」黛はペットボトルを差しだした。受け取ったメイがキャップを開けようとしたが、古美門がさっと奪い取った。
「台本は忘れろ。演技はなしだ」
自分が憶えろって…」メイは驚いている。
「いくらうまくても演技は演技だ。本心を剥き出してぶつかってこられたら勝てない」
「…お父さまなら、そうする?」黛は思わず口走った。
「君は、思いのままを言いなさい」黛の言葉には答えず、古美門は真剣な目でメイを見た。
いよいよ最終審問となった。
「家庭裁判所調査官の報告も検討したうえで、当事者の主張を聞いて結論を出したいと思います。申立人、安永メイさんから」
裁判官が口火を切ると、メイは緊張の面持ちで顔を上げた。
「いいのよ、今の率直な気持ちを言えば」黛はそう言って励ました。
「子役安永メイを演じてきた君は、自分の言葉を持たないのかな?」古美門は、いつもの挑発的な口調に戻っている。
「そんなんじゃないけど…」
「私が代弁しよう。お母さんにこのような仕打ちをしたことを、ずっと後悔しているよね?」メイのそばに来て、古美門が言った。
「常に思い悩み、心が折れそうになるのをこらえている」
「だったら、取り下げればいい」三木が言った。
「心を鬼にして申し立てているのです。愛する母のために」古美門が受けて立った。
「詭弁(きべん)もいい加減にしたまえ。留美子さんは手首を切られた。メイさん、知っていますね?」
三木に問いかけられたメイは、じっと黙っている。
「あなたの仕打ちが彼女を追い込んだんです。しかし、あなたは見舞いに来ようともしない。それが母を愛する娘の行動ですか?」
「会いに行けば、また元の木阿弥(もくあみ)だからです」古美門が強い口調で言い返した。
「留美子さんは過去に少なくとも二度、同じ行動をしています。そうだね、メイくん」
メイがこくりとうなずく。
「一度目は二年前。人気絶頂だったメイさんは、それゆえアンチファンが増え、一時期ひどいバッシングを受けました。メイさんは引退すら考え、その心労で留美子さんは自傷行為をしました。二度目は昨年、新たな人気子役が台頭し、世代交代が叫ばれ、メイさんの仕事が激減した時期。同じく自傷行為をしました。違ったら訂正して下さい、留美子さん」
「・・・」留美子は黙ったままうつむいた。
「メイさんは、その都度激しく動揺し、母のために必死に仕事に取り組み、危機を乗り越えてきたんです。今回もそうなると思いましたか、留美子さん?」古美門は問いかけた。
「そんな計算で自傷行為をしたと言いたいんですか?」口を開いたのは清蔵だった。
「いいえ、問題はもっと深刻です」古美門は首を振り、真剣な表情を浮かべた。
黛が立ち上り、あとを引き継いだ。
「留美子さんにとって、メイさんの成功は、ご自身の成功。メイさんの苦しみは、ご自身の苦しみ…一心同体という比喩表現を超えた危険な領域です…留美子さんは病んでいます。そして中毒症状で倒れるまで飲むのも一種の自傷行為…メイさんもまた、病んでいるんです」
真剣に訴える黛に向かって、清蔵が言った。
「親子手を取ってともに更生する道を探すべきです」
「不可能です。お互いの依存関係を絶たなければ、治療も更生も図れません」
古美門は強い口調で返した。その古美門に対して、清蔵が「親子の絆は、深く強い」と言った。
「絆が強いからこそ、困難なのです」古美門は揺るがぬ様子で答えた。
「成功が欲望を呼び、欲望が破滅を呼ぶ。自分の存在が母を不幸にするとメイさんは知っています」
「メイさんは、会いに行きたい気持ちを必死に押し殺して留美子さんを無視しました。 留美子さんを救いたいからです…大好きなお母さんを」
黛の言葉に、ついにメイの目から涙があふれ落ちた。
「…お母さんには、私のことを忘れて、自分の人生を歩んでほしいです…でも…いつかまた…一緒に暮らしたい…私のお母さんは宇宙にひとりだけだから…」
メイはしゃくりあげながらも、自分の思いをさらけだした。
「以上です」古美門は着席した。
「…では、留美子さんのお話を聞かせていただけますか?」
裁判官に問われたが、留美子はうつむき、黙ったままだった。
「留美子さん…」三木がうながしたが、
「…ありません」留美子は放心したように、首を振った。
「今回で審問を終わりとします」
裁判官の言葉に、誰ひとり笑顔はなかった。
家庭裁判所のエントランスで、留美子ががっくりとうなだれていた。三木たちがその周りを取り囲み、留美子を慰めている。帰ろうとする古美門たちに気づいた留美子が顔を上げ、メイを見たが…メイは思いを振り切って、通りすぎようとした。 「…留美子さん」思わず黛が声をかけた。「どのような結果になったとしても、親子の縁を切ることはどんな法律にもできません。思い合っていれば、親子です」
留美子は立ち上って深々と頭を下げ、井手に付き添われて裁判所を出ていった。
「では、私もこれで。新幹線の時間なんです。飛行機は嫌いなもので」
清蔵が三木に声をかけた。「結果はお知らせします」と、三木が言ったが、清蔵は「結構」と言って立ち去った。
裁判所前の表通りに、清蔵がいた。タクシーを停めようとしているが、空車がなくて捕まらずにいる。
「東京駅なら、逆方向ですよ」後ろから古美門が声をかけた。
「…見ましたよ、スカイツリー」清蔵が振り返る。
「想像していたより、ずっと大きかったでしょう?」
「…東京タワーのほうが大きかった、はるかに」
そう言って清蔵は、横断歩道のほうへ歩いていった。
「また東京へいらしてください。いろいろご案内します、息子さんと!」その背中に黛が叫ぶ。
「息子はいません」清蔵は今度こそ振り返らずに帰っていった。
数日後、メイは荷造りをしていた。ロケなどであちこち飛び回ることが多かったからだろう。慣れた様子で、洋服や洗面道具などを詰めていく。これからどうするのかと服部が尋ねると、ロンドンに行くのだと答えた。
「父親のお姉さんって人が置いてくれるって言うから。かっこいいじゃん、ロンドン留学なんて」メイはにっこり笑った。
「後見人がすんなり決まってよかった」黛はホッと胸を撫で下ろしていた。
「では、芸能界はこのまま引退なさるのですか?」服部は尋ねた。
「そうだね、どうせもうイメージがた落ちだし」メイはあっけらかんとしていた。
そんなメイを見ながら、古美門が「『いつかまた一緒に暮らしたい。私のお母さんは、宇宙にひとりだけだから』。どこかで聞いた記憶があるんだがね」と、突っ込んだ。
「『パパの恋人』第三話の名台詞ですね。ドラマでは、お母さんじゃなくパパでしたが」服部がにっこりと笑った。
「君は根っからの女優だよ。いずれカムバックするさ」古美門が言うと、メイはへへッと子どもらしい笑顔で笑い、「じゃね!」と事務所を出ていった。
その頃、留美子はマンションの壁一面に貼ってあるメイの写真やポスターなどをぼんやりと眺めていた。でも…思いを振り切り、一枚一枚、剥がしだした。その横で、黙ってその作業を手伝っていたのは、梶原だった。
「父親をもってしても倒せず、ですか」と、井手が言った。その口調はどこか安堵しているようでもある。古美門に負けたのは自分だけではない、と言いたいようだ。
「あんな老いぼれに、はなから期待してなかったよ。すべては布石だ」
三木が負け惜しみを口にしたが、
「布石?」井手には言葉の意味がわからなかった。
「三木先生の目的は、古美門先生に小さな黒星ひとつつけることではありません。ですよね?」沢地が意味ありげに三木を見る。
「じわじわと…だが確実に、奴の首は真綿で絞められているよ」
「そろそろ息の根を止めに行かれては?」と、沢地が言った。
清蔵はいつものように庭で木刀を振っていた。気づくと、電話が鳴っている。ずいぶんと長い間鳴っていたようだ。清蔵は家に上がり、電話に出た。
「ああ、あなたですか。ええ、のこのこ東京まで出ていって恥をかくとは思いませんでした…嬉しい? 私が? まさか。ところであなたのことは、バレてないんでしょうね?」
「はい。今でも古美門先生は、私のことを一般公募で応募してきたと思ってらっしゃいます」
電話の相手は、服部だった。
「そう、嫌ならいつでも辞めていいんですからね」
「いえ、先生に拾っていただいた命ですから、せめてご子息にご奉仕させてくださいませ。それに、こちらは楽しゅうございます」
服部は、「では」と電話を切った。
黛は資料や文献を手に、バイオリンの練習をしている古美門に懸命に話しかけていた。
「サンタクロースの起源は、恵まれない子に無償で穀物などを配っていた四世紀の司教ニコラスとされています。 おそらく彼の行いを弟子が受け継ぎ、やがて一般家庭にも広がっていったんです。 つまりサンタクロースは無数にいるんです。 親が子にプレゼントをあげた瞬間、その人はサンタクロースです。 サンタクロースとは、誰かが誰かを思うことそのものなんです。よって、サンタクロースは存在します」
黛は力説した。
「詭弁だな。私は見たことがない」古美門は相変わらずだ。
「先生の場合は例外かもしれませんね」黛は口を尖らせた。
「いえ、古美門先生にもきっと素晴らしいプレゼントを送り続けてくださっているサンタクロースがいると思いますよ」服部がお茶を淹れに来て言った。
「私がどんなプレゼントを受け取ってると言うんですか?」
「たいへん頼りになる素晴らしいプレゼントが、目の前に」
目の前…と視線を動かした古美門と、黛の目がばっちり合った。
「…私? 嫌だ、服部さん! やめてくださいよ!」
「こんなサンタさんならいなくていい、いてほしくない! 君が来てからろくなことはない。最悪のサンタだ」古美門はビシビシ指をさす。
「だから指をささないでください!失礼でしょ!」黛も負けずにさしかえした。
「おまえだって指さしてるじゃないか!」
「先生がさすからでしょ!」
やり合うふたりの姿を、服部はほほえましく見守っていた。
(ドラマタイトルのエンドロール)
(了)